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目を洗う [gillman*s park]

目を洗う
 
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 公園散歩。毎日見続けることによって目の中に消えてゆく景色がある。時とともに、確かに目の前にあるのに無いものになってしまう景色。始めはドキドキしながら見ていたはずの光景が、いつの間にか目の隅に消えてゆく。

 時々は目を洗う作業をしないと、ぼくらの前からかつては光り輝いていたものが光が失せ、そしてやがて消えてゆく。少年たちのあのキラキラした瞳は、初めて見るものに満ちたこの世界に興奮している証だ。

 歳をとると見たことのあるものばかり、白内障で濁った目の底で多くの景色が失われて、見たいものしか見ない時がやってくる。なので時々は目を洗って視点を新しくする必要がある。それでも少年の目を取り戻すことはできないけれど、あの頃は見えなかった、今しか見えないものを探し出して見つめてみることは出来る。下手なんだけど、それでもお散歩写真を撮り続ける意味はまだあると思っている。
  ■犬抱けば 犬の目にある 夏の雲 (高柳重信)
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蓮華譚 [gillman*s park]

蓮華譚
 
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 朝、ちょっと出遅れて六時半に家を出たら街はもう動き出していた。今日は冬の間から準備していた池の蓮田に少しづつ蓮の花が咲き始めたのでそこを通り抜ける。

 鈍色の空の下で白い蓮の華が妖艶に光る。蓮の台(うてな)の上では脚の長い蜘蛛のような虫が蠢いていた。仏の手のひらの上で蜘蛛が遊んでいるような。恥ずかしい話だけど結構大人になるまでぼくは睡蓮は同じようなものだと思っていたけど、英語で言えば蓮はLotusだし、水蓮はWater Lillyというらしい。

 蓮は水面の上に葉も花も突き出ているが、睡蓮はモネの絵のように葉も花も水面に浮かんでいる。さらに睡蓮の葉には切れ込みがあるというのが違いだ。蓮は泥水のような濁った水の池から頭をもたげて地上に美しい花を咲かせるので仏教では救済の象徴のようになっている。

 
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 育った文化や時代で刷り込まれているイメージというものがあるような気がするけど、その一つに蓮の花のイメージがあって、それはぼくらにとってはやはり仏教に関わるのだと思うけど、何となく優しく心を包み込んでくれるようなイメージをぼくなんかは持っている。

 蓮の花で想いだしたのだけれど、70年代のヒッピーには二つの聖地があって、一つはモロッコそしてもう一つはインドだった。そしてインド派のヒッピーたちが描いていたイメージが強烈な原色に近い蓮の花と強いお香の香りだった。彼らの持ち物にはよく蓮の花が描かれていた。

 思い起こせば、1970年の真夏、アムステルダムの中心部のダム広場はそこで一夜を過ごすヒッピー達で足の踏み場もなかった。インターネットなどなかった時代、彼らはここでインドかモロッコへの道のりの情報交換をして、それぞれの道へ旅立った。何かにうなされたような時代だった。
 

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新米見習い主夫 半年後 [新隠居主義]

新米見習い主夫 半年後
 
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 去年の暮カミさんが銀座で転倒して腕を骨折して料理が出来なくなって急遽ぼくが新米見習い主夫としてキッチンに立つようになって半年ちょっとが経った。いきなりお節料理というのはきつかったけれど、それからはカミさんについて教わりながら先日やっと100メニュー目を作った。

 最初はとにかくご飯味噌汁が最低限できるようにすることが肝心だったけれど、それはなんとか。もちろんもっと欲を言えばその次には、より美味しいご飯が炊けるように、よりバラエティに富んだ味噌汁が作れるようにという段階はあるのだろうけど、それはおいおいと…。

 教わるたびに簡単なメモと後でイメージが湧くように写真を撮っておいたのだけれど、気が付いたらその写真も300枚以上になっていた。毎日というのは、大変なことなんだなぁ。最初は中々手順が頭に入らなかったけれど、そのうちいくつかの共通する作業プロセスが、例えば油で炒めてから煮るなど、そういうことが分かってくると次はこうかなという予想がつくようになるのがありがたい。

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 骨折したカミさんの腕も前よりは動くようになって、逆にぼくの右手の腱鞘炎が長引いてしまい最近は二人でメニューを分担して作ることも多い。どうやら味噌汁とか中華系のメニューはぼくの担当になりそう。少し余裕が出て来たのでこの間はドイツの家庭料理であるEintopf(アイントプフ)という具入りスープみたいなものを作ってみた。

 昔、若い頃ドイツにいる時Mensa(メンザ)と呼ばれる大学の学食で一番お世話になったメニューで値段も安かった。アイントップフというのは「一つの鍋」ということだから野菜やソーセージのこま切れを鍋に放り込んで煮たもので、感じとしてはポトフの具を小さく切って作ったような感じだ。カミさんの評判も悪くなかったのでウチの定番メニューになりそうだ。

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 作っているうちに食べるのとは別に作るのが楽しいメニューも出てくる。今のところナスのグラタンを作るのが気に入っている。失敗が無いのもあるけど、手をかけた料理っぽくてまた家人が美味しく食べているのをみるのが楽しくなるメニューでもある。

 最近は作るのが二回目以上のメニューも増えて来たので少しアレンジを加えてみたり、それで失敗してみたり…。今はCoockPadとかDelish Kitchenとかネット上で動画でも見られる便利なアプリもあるので新しいレパートリーにトライするのも、しやすくなった。昔からスーパーに行くのは好きだったのだけれど、最近はカミさんと行くとメニューを考えながら食材を買うということも少しづつ覚えだした。

 でも、もちろん冷蔵庫を開けて有り合わせのものでいくつかのメニューを組み立てるという上級技はまだできない。今でも毎日の献立はカミさんに決めてもらっているのが現状だけれど…。いつかは、冷蔵庫を開けたら献立が浮かんでくるという風になると良いのだけれど。それに嗅覚もダメだから、いまだに新米主夫の域は出ていない。
 

ナスのグラタンと豚しゃぶサラダ食卓.JPEG
 


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 *メニューの写真はアイウエオ順に並んでいるので漢字の名前の和食がはみ出してしまって入っていませんが、そこそこの和食メニューもやってはいるんですが…。
 

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巡る季節 03 [gillman*s park]

巡る季節 03
 
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 学校が夏休みに入ったのか、早朝でも公園で子供の姿を見かけるようになった。今年もコロナのせいか夏休みの早朝のラジオ体操教室はないみたいだけれど、公園には何となく夏休みの匂いが漂っている。アブラゼミの羽化も始まったみたいだ。
 
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 下町の千住で育ったぼくは、子供の頃は夏休みになると荷物を持ってこの近くにある叔母の家に泊まりこんで過ごすことが多かった。叔母の所には同じ年頃のいとこたちがいたので林間学校のような楽しさがあった。

 もちろんその頃はここら辺も田んぼと畑ばかりだったけど、昆虫網をもって夢中になって一日中駆け回り、帰りに祖父の家に寄ってスイカを食べさせてもらうのも楽しみだった。歳をとっても子供の頃遊んだのと同じ辺りを毎日散歩できるのは何にも増してありがたいことだ。

 散歩をしていて目に入る、空中でさっと身を翻した鳥たちの翼の艶やかさや、草原の草が風にたなびいて時折キラッと輝く葉の裏側の白銀のような金属的な輝き。真冬に葉が落ちて骨格だけになった樹々がそれでも凛としてそびえ立っている雄々しさも…、そういったものには子供の頃には気がつかなかった。そう考えると、歳をとるのもまんざら悪い事ばかりではないなと思う。

 
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巡る季節 02 [gillman*s park]

巡る季節 02
 
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 ■公園散歩 7月20日

 今日も早朝の内に公園散歩。昨日までは戻り梅雨のような天気だったけれど、今日はいかにも真夏の早朝という感じ。花壇にちょっと寄ってから林の方へ。

 この間は見られなかった蝉の抜け殻があちこちの樹についている。かなり低い位置に土色をした小さな抜け殻がいくつもあるのでニイニイゼミの抜け殻だと思うけれど、他の蝉のはないのでまだこれからのようだ。

 当たり前のことが当たり前のサイクルで巡って来るのが、決して当たり前ではなくなりつつある今の世の中。当たり前のことを見ると少しホッとする。でも、まだ蝉は鳴いていない。静かな、平日の公園の朝。
 

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巡る季節 01 [gillman*s park]

巡る季節 01
 
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 ■公園散歩 7月17日

 前の晩、天気予報を見て、早朝なら雨も大丈夫だと思って久しぶりに早朝の6時過ぎに散歩に出た。でも、どんよりとして今にも降ってきそうな空模様。

 去年、梅雨明け後に蝉の羽化を多く見かけた林の中に入ってみたけど、まだ蝉の抜け殻は一つも見つけられなかった。昼間も蝉が鳴かないし、どこかおかしいのかな…。

 この間テレビでそういう話題が出た時、コメンテーターの長嶋一茂氏が「まだ梅雨明けしていないだけですよ」とさらっと言った。梅雨明け宣言が出ていたので、すっかりその気になっていたけど…。いつでも通用するとは限らないが、時にはそういうシンプルな思考をすることも大事なのかもしれない。

 日曜の朝とあってランニングしている人が多い。そのうちやっぱり、ぽつっと降り出してきた。久しぶりに丘まで行って帰り際に振り返って丘の上の空を見上げたら確かにまだ梅雨空のようだった。


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お盆雑感 [新隠居主義]

お盆雑感
 
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  東京のお盆は7月15日なので早々に実家の墓参りを済ませて、盆の入りの13日には玄関で迎え火を焚いてお迎えをした。これが我が家では両親が居る頃からの年中行事なのだが、年々簡略化してしまっているような気がする。

 勿論喪中の時期や新盆(にいぼん)には岐阜提灯を灯して万端の用意をして行っていたのだけれど、その時期が過ぎた頃から盆飾りはするにしても段々小さなものになっているかもしれない。まぁ、これも形だから心がこもっていれば両親にも叱られないとは思うのだけれど…。

 我が家では毎朝仏壇にお茶を備えて、過去帳をめくって拝んでいるのだけれど、段々とこっちも歳をとってきて仏壇にむかうたびに向こうに居る両親に近づいて行くような不思議な気持ちになって来る。

 最近、よく「形質の声」を聴くようになった。形質の声とはぼくが勝手に名付けたのだが、普通「形質」というと遺伝形質の事で両親や先祖から受け継いだ遺伝形質の事を示す。学問的に言えば形態形質とか生理形質とかいくつかのカテゴリーがあるらしいのだけれども、ぼくは身近に感じるものとして大きく「体質」と「気質」とに分けている。

 その形質には「発現期」というのがあって、物心ついたあたりから「まぁ、理屈っぽいところがお父さんにそっくりになってきた」とか「なんだか後ろ姿がお父さんそっくり」とか母親などに言われたりするようになる。当の本人はそう言われるのが凄く嫌だったり、そうなっている事にも気が付かないのだけれど…。

 形質にはその「発現期」とは別にそれに気づく「発見期」というようなものもあるような気がする。ぼくの場合若い時には遮二無二自分一人で生きているつもりで、あまり感じなかった自分の中の両親みたいなものの存在が中年を過ぎた頃から、ちらほらと自分の心の中で見え隠れするようになった。

 例えば、ぼくは疲労が溜まってくると鼓膜が痛くなることがあるのだけれど、そんな時は「あ、これは親父の体質だな」とか、どうでもいいようなことを取り越し苦労していると「あ、自分の中のお袋が考え込んでいる」みたいに、いわば自分の中で形質が働いている様子が想像できることが増えてきている。

 それはもちろん長い間両親と一緒に居たのでその観察の結果から来ているのかもしれないけれど、もしかしたら生まれてすぐ離れ離れになった親子でもそういった形質の声を聴くことはあるかもしれない。それは先祖から連綿と続いた諸形質の現在でのひとつの到達点が自分という存在であることを想えばありえることだ。…お盆にあたってなんとなく想ったこと。

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久方ぶりの柴又 [新隠居主義]

久方ぶりの柴又
 
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 ちょっと早めのお盆の墓参り。実家のお墓と同じ墓地内にある叔父、叔母や祖母などの親戚を含めて計5ヶ所を回る。ウチのお墓には盆暮、春秋の彼岸そして両親の命日など年5回ほど来るけど盆と暮れには親戚の墓も全部回るようにしている。

 今年、今の家の近く谷中のお寺に自分の墓は設けたが、実家のお墓には両親がいるから今でもお参りには来るけど夏はお墓掃除が大変。伸び切った雑草をとるので虫除けスプレーと蚊にされた時の痒み止めや軍手が必需品だ。今日は天気予報では天気が崩れると言っていたけれど、取り敢えず雨が降らなくてよかった。

 墓参りの帰りに久しぶりに柴又の帝釈天による。母のいた頃は墓参りの帰りは大抵柴又によって帝釈天をお参りしてから「ゑびす家」でうなぎか、参道の「大和家」の天丼を食べて帰るのが楽しみだったのだけれど、母が亡くなりそれからコロナ禍になってからは何処にも寄らずに真っすぐ帰ってくるようになっていた。
 

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 今日は久々に柴又に寄って「ゑびす家」でうなぎを食べた。ここのうなぎはほんとにほっこりとしてぼくは一番好きだ。お店は昨日は帝釈天の庚申(こうしん)の日だったので混んでいたかもしれないけど、今日はがらんとして客はぼくらだけ。母は申年だったので若い頃から庚申(かのえさる)の日には帝釈天にお詣りに来ていたようだ。

 確か一昨年の大晦日、夜に東テレの特番で「孤独のグルメ」のリアルタイム中継をこの「ゑびす家」から放送していた。五郎さんがテーブルでこのうな重を食べていた。今日はぼくらもテーブル席にしたけど、母のお気に入りの席は奥の小上がりの座敷の一番端の席だったな。壁に寄りかかって坪庭を眺めながらゆっくりと過ごした。

 今日は休みのお店も多く天ぷらの「大和家」もお休みだった。ひと気のない参道はちょっと寂しかった。昔みたいに帰りに参道の佃煮屋で佃煮を買って帰る。若いころから親しんでいたのでこの柴又とか浅草とかに来ると何となく嬉しくなる。今日は墓参りもしたし良い一日だった。
 

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灼熱 [gillman*s park]

灼熱
 
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 昨日は医者に行く前に公園を少し散歩。朝の6時前に家を出たのに外はもう真昼間の光。今年になって初めての早朝散歩がこんな日で良いんだろうか。その上、ちゃんと目が覚めていないので少しふらつきながら歩いている、なんか徘徊する怪しげな老人…に見えているんだろうな。公園の入り口の民家の駐車場に猫がいる。その猫が身構える。そんなに怪しいかよっ。

 公園に入ると暫く見ないうちに足元にはシロツメクサの絨毯が敷き詰められていた。ここのところ丘を巡る以前の公園散歩コースは半月位歩いていないことに気が付いた。ぼくが来ようとこまいと公園の時間は進んでいる。これで今朝が穏やかな気候なら、ほんとに天国みたいな光景なんだろうけど…、今はただただ熱気で頭がくらくらするだけ。

 一度ちらっとアジサイの花を見たきりであっという間に梅雨明けで夏の真っただ中に放り込まれた感じ。関東のどこぞでは40度を超したらしい。新型コロナで熱が出たってなかなか40度の体温にはならない。その上クーラーをかけようと思えば電力ひっ迫注意報とやらで(何度もクーラーをうまく使って熱中症に注意しながら…なんて言いながらも…)何となくクーラーを家の中で複数の部屋で同時に使うのははばかられて、いきおい居間にカミさんとお籠りするような形になる。

 コロナ禍で街にも行けず、家の中でも二階にも行けずなにやら真夏の囚人のよう。昨日の晩、本が読みたくなって二階の書斎に取りに行ったら、デスクの脇に置いてある温度計は38.4度を示していた。何か火事場にものを取りに来たみたいで無意識に息を止めるような感じで本を手に慌てて階下にもどる。いつもぼくの後をついて回っているハルが一緒に上がってきたのだけれど、お~っと、という感じでUターン。
 
 心も身体もちゃんと夏を迎える覚悟をしなければ…。それも尋常でない覚悟を。ウクライナ戦に伴うロシア制裁の余波で日本も返り血を浴びることになるのだけれど、それの影響が本格化してくるのはこれからなので灼熱だけでなくてこれからの極寒、インフレということも含めて、いろいろと覚悟しておかなければならないことが山積みなのだ。それにしても、暑い!


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Suddenly it's Summer [gillman*s park]

Suddenly it's Summer
 
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 ■日日

  ある日僕は思った
  僕に持ち上げられないものなんてあるだろうか

  次の日僕は思った
  僕に持ち上げられるものなんてあるだろうか

  暮れやすい日日を僕は
  傾斜して歩んでいる

  これらの親しい日日が
  つぎつぎ後ろへ駆け去るのを
  いぶかしいようなおそれの気持ちでみつめながら

  ■Days
  One day I wondered if there was something
  I would be unable to lift.

  The next day I wondered if there was anything
  I would be able to lift.

  As days lead toward darkness
  I walk on slumped over.

  watching, with doubt and fear,
  those familiar days gallop away backward,
  passing me by, one after another.

   (「二十億光年の孤独」谷川俊太郎/W.I.エリオット訳、集英社)
 

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 ついこの間梅雨入り宣言が出されて、それから幾日か梅雨らしい雨の日が続いた。これは今年は梅雨らしい梅雨になるんだろうな、と久しぶりに物事が当たり前のようにいつも通りに進みそうな安心感みたいなものを感じた矢先だった。それが、どうやらいきなり夏がやってきてしまったみたいだ。

 最近、世間の何もかもが既定路線から外れて先がどうなるか見通せなくなっていたのだけれど、考えてみれば季節も例外ではない、というか季節こそ「例年並み」という言葉が通用しない時代になってきたのだと思い知らされる。

 ここのところ身体の調子がイマイチなので、公園散歩の頻度も距離も落ちていた。そろそろ元に戻そうかなと思っていたけど、今日なんぞは散歩どころではない。こちらはまだ心も身体も夏の覚悟ができていないのに夏の方からすり寄ってきた。昔は夏が好きだったから、もしかしたらその頃のぼくなら喜んだかもしれないけれど…。

 もう一度夏を喜ぶ心と身体を取り戻したいとは思うけれど、無理すれば公園で行き倒れということになりかねないので、また早朝散歩に切り替えるしかないなと。歳とともに段々やれることが少なくなってくるのは仕方の無い事なのだけれど、それが本当に歳のせいなのか、自分の不甲斐なさのせいなのか定かではない。

 何しろ、ぼくは老人になるのは人生でこれが初めてなもので…。若い頃は去年できなかったことが今年は出来るようになった、と喜ぶことが沢山あったけれど、今はその逆で戸惑い落ち込むこともある。

 ただ、今までの長いリハビリ生活の経験を通して歳をとっても取り戻せるものも、保ち続けられるものもないではないことも知っている。そういうものを見極めながらやってゆくのは、もしかしたら若い時でも今も同じかもしれない。若い時は自分の才能や力を瀬踏みしつつ希望と落胆を繰り返しながら生きて来た。

 昔はその限界も思い知ったけど、まぁ、それでも何とか生きてゆこうという意思は今でも変わらないし、自分なりの感性は持ち続けたい。ただ昔に比べれば少し無理をする必要がなくなった、もしくは出来なくなったということはあるかもしれないけど…。何はともあれ、今日から後期高齢者になった。感謝。
 


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紫陽花猫 [猫と暮らせば]

紫陽花猫
 
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 我が家にはほんとうに猫の額ほどの花壇があるのだけれど、そこに植えた紫陽花が今年も咲いた。以前一時期この時期には鉢植えの紫陽花の花を毎年のようにカミさんが貰うことがあって、花を楽しんだ後に花壇に路地植えにしていたらそれが根付いて、いつの間にか梅雨時になると何種類かの紫陽花が咲いて楽しませてくれるようになった。

 色違いのものがあったり、ガクアジサイもあったりで楽しいのだけれどカミさんも園芸は素人なので剪定がきちんとできていないのか、枝が広がって年々まとまりなく野放図に咲くようになったのがちょっと気になるけど、それもまぁ野趣があっていいのかなと思うようにしている。


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 この紫陽花が咲く頃になると、巣作りの名人であるハルが昼寝用の巣作りの場所を室内から外に面したサンルームの窓際に移す。

 冬の間は部屋の方を向いて寝ていた猫ちぐらを、その場所は変えずにうまくカーテンの外側から回り込んで、カーテンをハンモックみたいにして寄りかかって外の通りを眺めながら猫ちぐらの上で昼寝としゃれこむ。

 最近は朝ごはんを食べるとここで寝ていることが分かったのでこっちも安心できるけど、最初はカーテンに隠れて室内からでは見つからない。いくら呼んでも何処にもいないし体調でも悪くてソファの裏にでも隠れているのかなと散々探しても見つからない。

 諦めて、でも取り敢えず朝のゴミ出しをしないとと思ってゴミ袋を持って外にでたら、ガラスの向こうの猫ちぐらの上で気持ちよさそうに寝ている。これじゃ室内からは見えないはずだ。それにしても、毎日ちゃんとカーテンを壁にして同じ体勢で昼寝するのは大したものだ。最近は学校に行く途中の小学生が時々覗いてゆく。面白い紫陽花猫がいると思っているんだろうなぁ。


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 it’s raining cats and dogs.

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優しい公園 [gillman*s park]

優しい公園
 
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  今年に入って帯状疱疹かできて、先週の内視鏡検査では食道にカビが生えており医者は免疫力が大幅に落ちているためだと言う。再度精密検査をすることになったけれど、そろそろ本気で抜け出さないとまずいぞと思い始めた。公園散歩の回数も極端に減り始めていた。

 はや三年になんなんとする自粛生活は年寄りにとっても、というか年寄りにとってこそ唯でさえひたひたと忍び寄ってきている老化の足音が、それこそ駆け足になってやってくる気さえしている。

 人に会えない、ジムにも行けないジレンマをZOOMのオンラインと室内トレーニングで代用してきたつもりでも、それはやはり一段レベルの下がった代替行為であるような気がする。


 今日は医者の帰りにちょっと公園に寄ってみる。いつもの半分くらいの距離なのに倍くらいの時間がかかる。でも、体調が悪くても心が研ぎ澄まされてゆく時もある。ふと普段見えなかったものが見えたり、聴こえたりするのはまんざら幻ばかりではない。


 梅雨入りを間近にして、空と光の状態がめまぐるしく変わる。公園では紫陽花が目を覚まし、夾竹桃の花が青空に少し揺れて、木陰でやすらぐ子供たちの前をカモ達が横切って飛んでゆく。緑に包まれた今日の公園はとても優しい。


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お墓を考える [新隠居主義]

お墓を考える
 
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 今日は今年1月に死んだモモの納骨。ささやかだけどウチのお墓を馴染みのある谷中のお寺に設けた。ぼくとカミさんと猫三匹のお墓でウチからも近いから谷中の蕎麦屋にいった帰りにでも寄れるのも好い。

 とりあえず、「向こう」でも皆んなで暮らせると思うと何となく気が休まる。ほんとに向こうが在るのかという気もするけど、まぁ大人だからそこら辺は深く詮索しない。いずれ分かる事だから…。

 帰りはいつもの蕎麦屋で今日は白海老のかき揚げと卵焼きにもりそば。昨日は土砂降りだったから今日にしておいてよかった。少し肩の荷をおろした。
 
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 この歳になると誰でも終活というか、自分の葬式のことやお墓のことを考えるものだ。ぼくの友人たちの中でも地方から出てきた人間で東京に居ついたので、両親も居なくなった故郷の墓を墓仕舞いして関東に新たに墓を持ってきたり、逆に墓は自分の故郷が良いと奥さんとひと悶着あったり、いろいろである。

 ウチもそろそろそういう事を考える時期に差し掛かっていた。数年前に98歳の母を見送った時、派手なことが好きだった母だからそれ相応の見送りをしたけれど、その時こういうのはこれが最後かなと思ったが、コロナ禍のせいで一挙に慎ましやかな家族葬というのがスタンダードになってしまった。

 それで好いのだけれど、ぼくはリタイアした時から自分は葬式なし、戒名なし、墓なしでいいと思っていた。カミさんと話すとカミさんもそうで散骨か樹木葬がいいと…。ぼくの実家には父母の入っているお墓があり現在は兄のものになっている。もちろん手っ取り早くそっちに入るというのも好いのだけれど、こればかりは誰がどういう順番で逝くかは神のみぞ知るだが、考えてみたら兄のところも娘がもう嫁いでいるので、いずれは墓仕舞いということになるはずなのだ。

 まぁ、みんな逝った後に残った姪たちに墓仕舞いで叔父、叔母の分まで面倒をかけるのも気づまりなので自分のことは自分で考えようとしたのだけれど、これが具体的に手を打つとなると散骨だの樹木葬だの合同葬だのいろいろあって意外と面倒なことがわかった。そうこうしている内にいつもぶらついている谷中のお寺に縁あってお墓をみつけた。住職のお話も伺って安心も出来たし、お寺の教義にも反しないのでお世話になる決心がついた。

 そのお寺にぼくとカミさんと猫たちの入る小さなお墓を設けた。墓碑銘には既にぼくとカミさんと三匹の猫たちの名が刻まれている。墓仕舞いの事を考えると永代供養ではなくてぼくかカミさんかの長生きした方が最後に亡くなってから十三回忌後ないしは二十年経ったところでお寺さんが樹木葬にしてくれることになっている。これなら誰にも迷惑を掛けずに、しかも冒頭でいったように蕎麦でも食いに行く気軽さでいつでもモモの墓参りも出来る。まぁ、生きている者の自己満足には違いないのだけれど…。

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沖縄とぼくの50年 [NOSTALGIA]

沖縄とぼくの50年
 
DSC01254.JPG竜宮通り社交街(2017)
 
 1972年(昭和47年)5月15日、米国との沖縄返還協定が発効して沖縄の施政権が日本に返還された。今日でちょうど50年になる。沖縄返還の数か月後ぼくは初めて沖縄を訪れた。

 一か月にわたるウィーン少年合唱団の日本公演の最後の地方公演地として返還直後の沖縄が選ばれて那覇でコンサートが行われて、それまでぼくも学生アルバイトとして通訳兼少年たちの世話係みたいな役目で日本各地を回って最期の沖縄にも同行してやってきた。

 演奏旅行は長期にわたるので、移動日とは別にコンサートやイベントを入れない休息日を設けて子供達を休ませる配慮をしていたが、それでもツアーの終盤になると疲労がたまるのか、ただでさえ白い少年達の顔色が心なしか青白くみえる。那覇公演が終われば後は東京へ戻って上野の文化会館での最終公演を残すのみだった。

 沖縄では大歓迎でテレビ取材なども多かったけど、那覇に入った当日はコンサートもないので子供達をビーチに連れて行った。ところがそこで子供の一人が転んでサンゴ礁で膝をパックリと切る怪我をしてしまい、救急車を呼ぶというハプニングが起こった。やはり疲れているのかもしれない。幸い数針縫っただけで翌日のコンサートには支障がないことがわかったのだけれど、ひやっとした。あれからもう50年経ってしまった。

 ぼくがその次沖縄に行ったのはそれから数年たって新婚旅行で行った宮古島の帰りに那覇に寄ったのと、またその数年後でその時にはぼくはもう就職していて真夏の沖縄に出張で訪れた。市場調査のような仕事だったので那覇の街を歩き回った。復帰から数年経ったとはいえ街にはまだ至る所にアメリカ統治の跡がみられた。国際通りもまだ今のように土産物屋だけの通りではなく、バーやレストランや生活用品の店舗など目抜き通りには違いないのだけれど生活の匂いがしていた。
 

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農連市場(2017)
 
 その出張で那覇の街をめぐっていた折に、国際通りから少し離れた農連市場という地元の人たちの台所のような公設市場があって地元の人に勧められたので見に行った。そこは狭い通りの両側にバラックのような建物が連なっていてその通りはぎっしりと人の波で埋め尽くされていた。まるで何かの刺激に興奮した蜂の巣の中の蜂たちが一斉に蠢いてブーンという羽音が聞こえてくるような熱気を感じた。その姿は那覇のイメージとしてずっとぼくの頭にこびりついていた。

 それからはずっと沖縄からは遠ざかっていたがリタイアしてから2008年頃から毎年飛行機代も安いシーズンオフに沖縄に行くようになった。ある時30年ぶり位に、そうだ、と思い立ってあの農連市場に行ってみた。脳裏にはあの日の熱気に満ちた光景がまだ残っていた。牧志市場の長い通りを抜けると農連市場の通りに出る。で、その時と同じ場所に立って唖然とした。廃墟。そういう言葉がすぐ浮かんできた。すぐ上の写真がその時の写真なんだけれど、昼前という時間帯もあったのだけれど人影はなく、とても寂しかった。

 その後に行った時にはもう再開発になるらしくて取り壊しが始まっていた。どんどん変わって行くのだなぁ。それはもちろん地元の人にとっても好い事なんだろうけど、街が日本中どこにでもあるような様子になったり、国際通りのように行く度につまらなくなっていると感じるのは、たぶんぼくがノスタルジーという病に罹っているからだろう。辛うじて栄町みたいなところにその余韻が残っているけどそれも時間の問題だと思う。最近、ツーリズム開発は土地の魅力を殺さない工夫がもっと必要かなと思うようになった。でも、まぁ50年も経てば何もかも変わるか…、いや、基地問題だけは…。


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美ら海水族館
 

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恩師の手紙 [新隠居主義]

恩師の手紙
 
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 日本語学校の留学生とのお付き合いもはやいものでもう20年近くになろうとしている。以前も留学生は国を離れて一人で寂しいこともあるから、親兄弟と電子メールを頻繁に交換してたようだけど、今は毎日のようにスマホなどのビデオ通話で顔を見ながらオンラインで話している学生が多い。

 それが50年前ともなると国際間では電子メールはもちろん無いし、当時あった国際電話などは1分間数千円という時代でとても貧乏留学生の使えるモノではなかったから家族などとの連絡は全て手紙と言う事になるのだけれど、それでさえエアーメールとなると切手代もバカにならなかった。

 ぼくは当時大学生で、大学ではフランツ・カフカのゼミに居たのだが、長びいた学園紛争の後ということもあってそのゼミの教授には何も言わずにドイツに行ってしまって、向こうから事後報告のようになってしまった。なのに教授は怒るどころか、自分の経験も含めて色々と有用なアドバイスを手紙でくれ、しかもぼくの手紙は保管しておいてくれるということで教授とも何度も往復書簡のようなものを交換させてもらった。帰国後、約束通り全ての手紙をちゃんと保管して返してくれた。

 今は何でもメール等で速くて便利だけれど、手紙には独特の精神作用のようなものがあると思う。便箋に手紙をしたためる時間も、それが相手に届くのに要する時間も全てが無駄と言うよりは何かを熟成させるための時間なのだともとれるかもしれない。

 その教授は先年亡くなったのだけれど、頂いた教授の手紙をこの連休中に読み返していて目頭が熱くなった。あの頃、二十歳過ぎたばかりの若造に真っすぐに真摯に対峙してくれたことに今でも感謝してもしきれない。
 
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「  …ひとつだけ君にすすめておきます(すでに実行しているかもしれませんが) 今君の頭に浮かんだこと、眼に、耳に入ったすべてのことを、どんなに短くてもよいのですが、小さなノートに書き留めておいて下さい。それは、君が又日本へ帰ってきて今よりもひまができたときに大きく芽を吹き発展した形をとるはずです。

 この二十歳前後の君の心の中を流れた思想の芽生えのようなものは長く君の心から離れることなく、一生を支配するかもしれません。日記のように堅苦しいものでなく、小さなノート一冊で足ります。あるいは、手紙という形の方が書きよければ、気の向くままに私あて送ってもらえば、君の帰る日まで一まとめにして保管しておいてあげましょう。

 君の書いてよこした一つ一つのことについて話したいこともありますが、書くひまもありませんので、帰朝したときにでもゆっくり話しましょう。

 蛇足ですが、ドイツ語でハンディやコンプレックスを感じたら二、三日フランスへ遊びに行ってくるといい。会話も看板も(もし君がフランス語を学んでいないとすれば)ほとんどわからなくなるでしょう。そしてドイツへ又もどってきたとき、君は急にドイツ語の理解が上達したように感じてほっとするはずです。


 今日はこれだけで、また 1970.11.9 」 

 ぼくは今でも恩師のその言葉を守るようにしている。
 

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I Hope Peace ! [新隠居主義]

I Hope Peace !

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カスミソウ [新隠居主義]

カスミソウ
 
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 カスミソウ(霞草)という草がある。地中海からアジアあたりが原産らしいが、今はもっぱら切り花として使われている。豆粒のように小さい花を春霞のように無数につけるのでその名がついたということだけれど、原産種はもっと大きな花をつけるものだったらしい。

 英語ではbaby's-breath(ベイビーズブレス)で赤ちゃんの吐息だが、恋人の吐息とも解せるかもしれない。ドイツ語ではSchleierkraut(シュライアークラオト)で意味はベールみたいな草ということなので、これはすぐイメージが湧く。

 切り花としては単独で使われるよりも、花束に入れたり花瓶に活ける時に他の花と一緒にいれたりすることが多い。カスミソウが入ることで、全体がパッと明るくそして何となくハッピーな雰囲気になる。自分も十分派手なのに主役でなくて脇役として他を引き立てるのが得意という不思議な性格を持っているような気がする。
 

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 いつも花屋さんが持ってくる切り花の中にはこのカスミソウが入っていることが多い。でもカスミソウは猫のモモハルがじゃれついて花瓶を倒すこともあって、大きな安定した花瓶に入れないと危ないのだ。それをぼくが言った時カミさんが、お義母さんはカスミソウが好きだったでしょ、と云った。

 現役で仕事をしている頃は同居しているぼくの両親のことはずっとカミさんに任せっぱなしで…。ぼくも組織の中で生き残るのに必死だったけど言い訳にはならない。母がカスミソウを好きだった、そんなことも知らなかったことを思い知らされると同時に、ぼくが不在の間にカミさんが両親と過ごしてきたぼくの知らない時間が彼女の背後に立ち上がった。これからはカミさん孝行をしなければなぁ。
 
 ■ セロファンの 中の幸せ かすみ草  (椎名智恵子)
 
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もうそろそろ ? [新隠居主義]

もうそろそろ ?
 
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 毎週海外などに居る学生たちとオンラインセッションをしているのだけれど、そのなかで学生からゴールデンウィークは何処行くんですか、と聞かれたがどこへも行く予定はない。普段から毎日が休みみたいなもんだから敢えてゴールデンウイークに行くこともないし、それに自分的にはまだコロナ自粛を続けている気持ちなのだ。

 けど、観たかった本城直季の写真展が恵比寿東京都写真美術館でやっていてもうすぐ終わるので行ってみることにした。ここのところ立て続けに観たい美術展が会期終了間際になっていることに気づいて予約をとろうとしたら予約チケットが取れずに空振りに終わっているので…。
 
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 となれば連休になって混む前に、それに明日からは天気も崩れるというので今日しかないと。街に出てみると連休が始まる前なのだけど、天気が良いからか、そこそこ人出はある。みんなマスクはしているけど何か街が動き出した感じがする。前もそうだけれど久しぶりに駅に来ると街の息吹が感じられて良いなと思う。たまにだから良いのかな。

 写真展は東京都写真美術館で行われていたのだが、入場は予約制になっていたけどネットで見るとこの日の分のチケットは満杯だった。当日券もあるというので直接会場に行ったら人もまばらで、しかもネットでは一般料金しか買えないのだけれどシニア料金で入ることができた。

 聞けばネットのチケットはかなり数を絞っているみたいだった。もう少し実情を把握してネット販売数を設定した方が良いのではないかな。チケットがないと思って行くのを諦めてしまう人もいると思う。ぼくは少なくともこの美術館で並んだことは今までないので当日でも入れると踏んだのだけれど、その予想は当たっていた。

 会場では一枚一枚の作品を近寄って観たり、また離れて観たりゆったりと本城ジオラマの世界を楽しむことができた。また同時に開催されていた同美術館の収蔵作品展「光のメディア」ではユージン・スミスの名作「楽園への歩み」を観ることが出来てそれも嬉しかった。ぼくもマスクをしながらもそろそろ少しづつ動き出そうと思う。
 

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旅先の夜 Hoi An [NOSTALGIA]

旅先の夜 Hoi An
 
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 旅先の夜。ベトナム、ホイアン。生暖かい空気と、雑踏の響きと、光の波に酔いリアリティがとろけてゆくような熱帯夜。さっき飲んだビールの余韻に任せて暮れなずむトゥボン川の畔をブラついているが、夢の中をふらふらと歩いているようで何とも現実感が湧いてこない。

 この現実感のなさは酒や光の渦のせいばかりではない。そこにあるべき匂いの存在のなさがぼくの体験から現実味を奪っている。今ここでは川の両側に並び立つレストランや屋台の立ち上る煙から光の渦に負けないくらいの匂いが舞ってるはずなのだ。

 生暖かい空気と原色の光と飛び交う雑踏の音と入り混じった匂いがこの場の独特の空間を作り出しているはずなのだ。嗅覚を失くしてからもう随分と時間が経った。視覚で想像ができるものはできるだけ頭の中で補ってみる。
 

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  新橋のガード下の手招きするような焼鳥の匂い、柴又のゑびす家の鼻を擽るようなうな重の匂い、ウィーンの朝、オペラ通りの地下道のパン屋の匂い。どれも懐かしく頭の引き出しには仕舞われている。

 でもどうしても、東南アジアのこの状況の匂いが浮かんでこない。必死になって大昔のシンガポールや香港の時の体験を手繰ってみてもそれらしい匂いにはたどり着かない。ふと、浮かんできたのはもう50年以上も前にトランジットで一晩だけ過ごしたバンコックの夜の匂いだ。

 ホテルの前の油だらけの道路の向うに広がっていた雑然とした市場のような場所と少しすえた匂いにスパイシーな匂いが混ざり合って…。それはもちろん半世紀前のバンコックの匂いで、今のバンコック子が訊いたら怒るに違いない時代錯誤の記憶だ。

 現実に自分もその中に居るのに、自分の目の前を通り過ぎてゆく映画のワンシーンのような匂いのない世界。もちろん匂いではなくて、視覚のない世界、音のない世界など一つの感覚が欠けているマイナスワンの感覚の中で嗅覚障害は軽いと思われているし、実際にそうなのだろうけど…。それが今は自分にとっての現実なのだと思うようにしている。
 

 
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 *次第にフェードアウトするように匂いを失くしてもうかれこれ二十年近くになります。その間に手術が四度、もうこれを最後にしようと思いながら。しかし今も毎日嗅覚のリハビリを続けています。何度か光が見えてはすぐに消えていきましたが…。まだ諦めてはいません。

 **今回のコロナ禍で嗅覚障害の症状や後遺症に悩む人が増えて、皮肉にも嗅覚障害の辛さみたいなものが社会的にも少し理解されてきたような気もしますが、嗅覚障害にはガス漏れ感知や食品の腐敗感知やシンナーなど塗料の有害気化物吸引などの生活上のリスクが伴うことについてはまだあまり認知はされていないようです。

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幾度目の桜 [gillman*s park]

幾度目の桜
 
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 また二週間ぶりの散歩になった。鋭角に空に伸びていた公園の樹々のシルエットはすっかり丸みを帯びたものに変わってしまっていた。桜も染井吉野(ソメイヨシノ)は散って、艶やかな松月一葉などの八重咲の桜とか緑色の桜である鬱金桜が満開になった。

 この歳になると、桜が咲くたびにあと何回桜が見られるかと考える。ソメイヨシノの寿命は人間と同じくらいだとよく言われる。樹木のほんとうの寿命についてはよくわかっていないらしいけど数千年も生きる古木もあるから、それと比するとソメイヨシノは短命ということになるかもしれない。あと何回咲けるかと、それぞれの春はソメイヨシノにとっても大切な春なのだと思う。

 散歩のあいだ、その桜を見ながら考えた。染井吉野の桜でいえばもうそろそろ朽ちそうなこの年齢になっても自分には何か大切な事が分かっていないんだ、という想いがある。もちろん、今だって分かっていない事の方がはるかに多いのだけれど、それでも何か一番大事なもの、それがわかっていないような…。

 自分は若い時に何かをきちんと学ぶための基礎を作り損ねてしまったという気持ちが今でも拭いきれていない。人生でこの歳までに人並みに色々な経験はしたつもりだけれど、遮二無二目まぐるしく日々の経験だけが積み重なっていったので、自分の中で未だにそれがちゃんと消化しきれないでいる。何が残って、何が残らなかったのか…。あと何回桜が見られるかは分からないけれど、一つひとつの春を大事に生きて行こうとは思っている。

 光陰の やがて薄墨 桜かな (岸田稚魚)
 
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