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Reborn [新隠居主義]

Reborn  ~Tannoyの再生

 もう、この相棒との付き合いはかれこれ三十年にもなるだろうか。その間、この相棒にもぼくにも何度か転機が訪れた。この相棒の最初の危機は声が出なくなってしまった時だった。この相棒とは人間ではなく、図体のでかい、今では仲間もほとんどいなくなってしまったイギリスのスピーカー、TannoyRectangular Yorkというやつだ。HPD385という口径38cmのフルレンジ・スピーカーが一本入っている。ところがこのスピカーが十五、六年前のある日、風邪をひいたようなだみ声を出したかと思ったらそれきり黙り込んでしまった。
 恐るおそるスピーカーの裏ぶたを開けてスピーカーのコーンのところを見ると。なんとなく白っぽくなっている。そっと触ってみると本来ならしっかりとしたコーン紙の感触が伝わってくるのだが、それがコンニャクのようにブヨブヨとして、そればかりか触ったところから崩れ落ち穴だらけになってしまった。湿気の多い日本の夏にカビにやられてしまったらしい。もう片方のスピーカーも同じような状態だった。適度な音量で毎日鳴らしていれば、熱と振動で水分がとんでこんなことになることはないのだが、仕事の忙しさにかまけて二月以上も音楽を聞く時間も持てなかったために起きた悲劇だった。

 結局、スピーカーボックスからスピーカーを外して二個ともイギリスに送ってコーンを張りなおしてもらった。そんなことができるとは知らなかったので、そのようなことが可能だとメーカーに教えてもらった時は命拾いをしたような気になった。それからしばらくの間はこの相棒にとって平安な時代が続いたが、猫のタマが大きくなるにつれて、スピーカーボックスをよじ登って遊ぶことを覚えたころからまた彼の受難の時代がやってきた。

 まずサランと呼ばれるスピーカー前面の布はタマの爪で穴だらけになり、そればかりかスピーカーの上に登るとき勢いよく前面の板を蹴るので、時にはスピーカーのコーンにも強烈な猫パンチが炸裂する。そんなとき、ボコッという音がするとこちらの心臓がドキッとする。とうとう見かねて自分でサランを買ってきて、張り替えたのが十年くらい前だ。張り替えて見栄えは以前よりも良くなったが、サランの色も本来の薄いベージュからブラウンへと顔つきが変わってしまった。
 タマがいなくなっても、スピーカーによじ登る我が家の猫の伝統はしっかりと受け継がれた。今度はクロがサランに爪を立てスピーカーによじ登る。よじ登るだけではなく、時々イモリのようにスピーカーのサランにへばりついているクロを見かけることもある。スピーカーの台の上に登るでもなく、ただひたすらじっとへばりついている。

 ぼくはさすがにもうサランを張り替える気力もなく、見て見ぬふりをしていたが先日、とうとう穴が開き始めたので意を決して二回目の張替に挑戦することにした。もうこれが最後だよね、と思いながらスピーカーボックスの蓋をあ
けた。
箱の中の機密性を保つために蓋も前面のバッフル板(前面の板)もかなりしっかり密閉されているので開けるだけでも結構な作業だ。箱の中の吸音材はところどころシミが出ている。そりゃ、なにしろ三十年だから。でもスピーカー本体はしっかりとしている。ぼくの大好きな金色のダイカストのフレームは全身で音を受け止める覚悟をもった顔つきをしていた。
 
作業中にレオが何回も不思議そうな顔をして見にきた。前回、サランを張り替えるときに秋葉原に買いに行った時には、まだかなりの種類の色や素材から選ぶことができたが、今回秋葉原に行ってみたらもう数種類のサランの中から選ばざるをえないほどその種類が減っていた。ベージュ系統にしたかったのだが結局、シンプルな黒になってしまった。また顔つきが変わってしまった。

 アンプもかなり老朽化していたので今回はアンプとCDプレーヤーを変えたのだが、お陰でシステム全体が生まれ変わったような素晴らしい音になった。音の立ち上がりが素晴らしいだけでなく輪郭がはっきりとしている。小曽根真のピアノなど目をつぶって聞くと鍵盤の位置までわかるほど、
定位の良さが際立っている。タンノイはもともとかなり丸い音なのでアンプなどの組み合わせによっては物足りなくなることもあるのだが、CDの時代になってともすれば硬すぎるデジタルの音の傾向を逆に適度に丸めてくれるような感じですばらしい音になった。
 
 昔はオーディオの製品の中でアンプなどは工場で生産されるが、スピーカーは職人の技が作ると言われた。時代の移り変わりに従って、周りの進化にちゃんとついていける製品を作り上げた職人技に頭が下がる。我々の日本の製品にもそのような精神が息づいている製品が多いが、これからも続いてほしいものだ。使い捨てが当たり前となってしまった時代に数十年単位で付き合えるモノに出会ったことはほんとうに幸せなことだと思う。甦ったこの相棒の音を確かめるために、これからすべてのCDを聞きなおしてみようと思っている。

                         
 このところちょっと体調を崩して余り調子が良くないのに二日間をかけてスピーカーのサランの張替と、アンプなどの配線のし直しなど体を使う作業が続いたので身体中が痛みます。特に重いアンプを運ぶのがかなりこたえました。腰が痛い。ぼくのオーディオ観は古いんですね。良いスピーカー・ボックスは大きいし、良いアンプは重い、と今でも思っていますから…


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くみみん

おはようございます。
お体、大丈夫ですか?お大事になさってくださいね。
いいものはやっぱり長く使えて愛着も感じますよね♡
昔は夫も凝っていて自作スピーカーとかありましたが、やっぱり大きくて家が狭いので処分となりましたよ。今はiPodとかで聴く方が主体なのでこだわらなくなったみたいです。
スピーカーの前の布、猫さんはあの感触が好きなのかな?
by くみみん (2007-06-14 07:51) 

としぽ

おはようございます。初期投資は高いですが30年も使えれば安いもの
ですね。これはまさしく名機ですね。アフターサービスもしっかりしている
のは素晴らしい事ですね。安心して使えますね。最近はステレオの
SWを入れる機会が無いですね。
お体大丈夫ですか?十分い養生してくださいね。
by としぽ (2007-06-14 10:57) 

Abraxas XIV.

イギリスでは、駅とかサッカー場の場内放送のことを、タンノイといふくらいですからね・・・。
身体の方、無理をしないやうお互い気を付けませう。
私はこのところ、右肩が痛くて、右腕を上げるのが大変です。
by Abraxas XIV. (2007-06-17 09:49) 

ccq

タンノイはレッドモニターからしか知りませんが(笑)
ヨーロッパよりは湿度とか温度が高いのでしょうね。エッジなんかがボロボロになったりしますよね。
by ccq (2007-06-17 10:35) 

溺愛猫的女人

はじめまして 5ニャンのママの溺愛猫的女人と申します。
先日は拙宅のブログをご訪問頂きありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。
by 溺愛猫的女人 (2007-06-17 16:46) 

Yasuka

良いスピーカー・ボックスは大きいし、良いアンプは重い、と  私も思っています。
ところで、猫ってやつはどうして自分の爪が引っかかるような物が好きなんでしょう。以前飼っていた猫は、スピーカのサランネットに爪がひっかっかて大暴れして、見事にボロボロにしてくれました。
by Yasuka (2007-07-20 01:12) 

鋭理庵

gillmanさんの凝り性が窺えます。ご家族の方もご理解されて羨ましいです、ご自分の趣味を貫き通す、これが本当の男の甲斐性と云うものでしょう。
by 鋭理庵 (2015-09-20 03:30) 

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