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海よ [gillman*s Lands]

 海よ
 
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 コロナ以来、毎年行っていた沖縄に行けてないのが残念でならない。沖縄に行くと言ってもぼくが行っていたのは冬から春にかけてで、いわゆるシーズン中に沖縄を訪れたのは三度しかない。最初は1972年沖縄返還直後に、学生アルバイトでウィーン少年合唱団の日本ツアーに通訳兼子守役として同行したのが最初で、二度目はその数年後に新婚旅行で宮古島へ。その頃は島にはぼくらの泊まったホテルが一軒あるだけだった。そして三度目は会社に入って出張で真夏の那覇に。

 毎年シーズンオフに沖縄を訪れるようになったのは、ずっと後になって会社を辞めて60歳過ぎてから大学院に入って日本語教育の修士論文を書いた時、共同研究者だった女性が沖縄に嫁ぐことになってその結婚式に出席するため那覇に行ったのがきっかけだった。せっかく沖縄に行くのだからと式の数日前に沖縄に入って、数日間離島で過ごしたのが忘れられない経験になった。それ以来、気の置けない友人と現地で落ち合ったり、時には一人旅をしたりという感じで気が付いたら毎年のように沖縄に行くのが当たり前みたいになっていた。離島にも馴染の宿もできた。
 
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 沖縄の海は素晴らしい。でも、前にも書いたけれどぼくは元々大自然よりいつも行く公園のような小自然が好きなのだ。雄大な大自然の中に一人で放り込まれるとその絶景を愛でるよりも、目の前の大自然への畏怖の念からか、なんと言うかゾワゾワ感が身体の中を走りそれに怖気づいてしまってあまり楽しめないことがある。ところが、その大自然の中に人の姿や人の営みを感じられる存在を認めると途端にほっとして…親しみを感じるようになる。かと言って夏の沖縄のように人だらけの大自然は見るに堪えない。という訳で人の少ない時期の沖縄がたまらなく好きなのだ。なんとも厄介な気質なのだけれど、実際そうなのだから仕方がない。

 写真にあるような竹富島の真っ青な海をのぞむ防波堤にじっと佇む母子の姿や、慶良間諸島にある座間味島の見渡す限りの長い長い海岸線にぽつんと見える母子の姿。この時はこの海岸に半日ほどいたけれどそこに居たのはずっと最後までこの母子とぼくだけだった。最後の写真はこれも慶良間諸島の阿嘉島の海岸。この場所はウミガメがよく目撃される場所なのだけれど、シーズンオフには珍しく女の子が三人シュノーケリングをしていた。波けしブロックの上に無造作に脱ぎ捨てられた衣類が島のいかにものんびりした時間を象徴しているようだった。
 

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 *毎年沖縄に行っている頃、友人たちに一体沖縄のどんな所に行っているのかよく聞かれました。そこで10年位前にその時持っていた小さなコンパクトデジカメで初めて動画を撮ってそれを見せるようにしていました。当時のカメラであまり画像は良くありませんがYouTubeに載せましたのでご覧いただければうれしいです。3分ちょっとの短い動画です。

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銀杏【イチョウ/ギンナン/ギンキョウ】 [gillman*s park]

銀杏【イチョウ/ギンナン/ギンキョウ】
 
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 昨日は眼底検査のためかかりつけの眼科に行ったが、瞳孔を開く検査をするため車ではいけないので歩いてゆく。途中、クリニックの近くの公園に銀杏並木があるのだけれど黄葉も盛りを過ぎて一面の落ち葉。もう秋も終盤なのかなと…。歩道の黒々としたアスファルトとそこに落ちた黄色い銀杏の葉の対比が見事だった。

 先の手術の際にずっとうつぶせの姿勢で手術を受けていたので、大丈夫だとは思うけど糖尿もあるので一度眼底検査を受けておいてくださいと言われていたのを思い出して行ったのだけれど、まぁ大丈夫そうだった。薬で瞳孔を開くので帰り道はサングラスを付けていても眩しくてしょうがない。

 午後になって視界の眩しさが落ち着いたので公園の方へ行ってみたら、そこの銀杏並木も盛大に落ち葉が敷き詰められていた。この公園の紅葉の光景は主にメタセコイアの並木と池に沿って植えられている落羽松の褐色というか最盛期はまさにスカーレットの紅葉が特徴的で、そこにクヌギや桜そしてナンキンハゼなどの紅葉が彩を添えているが、公園の一角には銀杏並木もあってよく見ると変化に富んでいる。
 

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 イチョウというと、その漢字なのだけれど「銀杏」という漢字を見てもどうこねくり回しても「イチョウ」とか「ギンナン」なんて読み方は浮かんでこない。ということで調べてみると中国語でイチョウのことは「鴨脚樹」と書いて「ヤァチャオ」と読むのでこれがイチョウになったらしい。またギンナンは銀杏の漢字の宋音での読み方「ギンアン」からきているらしい。

 イチョウは江戸時代にはその漢字「銀杏」のとおり「ギンキョウ」とも呼ばれていたらしい。実はイチョウは英語でもドイツ語でも「Ginkgo(ギンコ)」なのだけれど、これはその日本語から入ったものらしい。元禄年間にオランダ商館の医師として二年ほど日本に滞在していたドイツ人のエンゲルベルト・ケンペル(Engelbert Kaempfer)はヨーロッパでは既に絶滅したと考えられていた古代植物イチョウが日本に生えていることを発見し紹介した。

 そのさい当時の日本での呼び名ギンキョウで紹介したのだけれどそのスペルがGinkgoとなっていたのでギンコという読みになったのだが、これにはスペルの書き間違え、つまりギンキョであれば本来はドイツ語のGinkjo(ドイツ語発音ではy=j)とするところを筆記体では紛らわしい"j"を"g"と間違えたのだ、と。またそうではなくて元々ケンペルの出身の北ドイツではGinkgoと書いて「ギンキョ」と発音していたのだという説もあるらしい。いずれにしてもあのアヒルの脚みたいなイチョウの葉にも面白い歴史があるのだなぁ。
 

 ■ 銀杏ちる 兄が駆ければ 妹も (安住敦)
 

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*鎖国をしていた江戸時代は例外として長崎の出島でオランダとは通商をしており、出島にはオランダ人が居住していましたが実際にはオランダ経由でドイツ人も居住しておりこのケンペルもシーボルトもドイツ人でしたね。

 ケンペルはシーボルトより130年も前に来日しており、初めての本格的日本紹介文献である『日本誌』(The History of Japan)を著しました。そのケンペルがイチョウを、そしてシーボルトがアジサイを世界に紹介するなど、日本にとっての世界への窓として働いていたんですね。
 


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Blue Light Yokohama [新隠居主義]

Blue Light Yokohama
 
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 黄昏時を特に写真を撮る人たちはマジック・アワーと呼んでこの時間帯を好んでいる。黄昏はもちろん季節のどの時にもやってくるのだけれど、特に秋においては太陽がつるべ落としと言われるくらい素早く沈んでゆくので、自分を取り囲んでいる空間の光や様相が時々刻々と変化してゆくこともあり特に印象深いのかもしれない。

 黄昏時になると視界の中のものの輪郭もぼけてきてやがてシルエットに…。それで少し現実感も薄れて「逢魔が時(おうまがとき)」ともいわれるようにこの時間帯は事故も多いらしい。やがて日が暮れてあたりは闇に包まれるのだが、昔の人はそれを「夜の帷(とばり)が下りる」などと言うしゃれた言い方をしている。もっとも現代では電燈があるのでいきなり闇の世界はよほどの田舎でないとおとずれないけれど…。

 刻々と変化する空気の色合いもマジック・アワーの魅力の一つだ。天候にもよるけれどピンク色の空に紫が混じりやがて空気が青色に染まってゆく。子供の頃は夕闇が青色だと思った記憶はないけれど、若いころモスクワのホテルの窓から暮れてゆくモスクワ川の畔を眺めていたら、あたりの空気がゆっくりと青色をおび、その青色が明かりを点けていないぼくの部屋にも忍び込んで、気が付けば真っ青な夜に囲まれていたという体験をした。それ以来、夕暮れ時の青に魅せられている。


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 *以前徘徊仲間と横浜に行って黄昏時に大桟橋を訪れたとき青く染まる夕暮れを体験しました。暮れなずむ桟橋には対岸からはまだ昼間の余韻を残した都会の喧騒と、そしてベイブリッジを望む海側からは船の汽笛が聞こえてきてまさにBlue Light Yokohamの風情満点でした。桟橋を散策する人影もその青い空気に染まるのを楽しんでいるようでした。またあの場所に行ってみたいと思っています。
 
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