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ナンシーの遺産 ~わたしは見破る~ [TV-Eye]

 ナンシーの遺産 ~わたしは見破る~

 やあ、みんな。テレビからは悪い電波がでているから、見るとばかになるぞ。てなわけで、はじめましてナンシー関と申します。どうでもいいかそんなことは。きょうは、そのばかの元凶であるテレビのお話をしたい。ポップティーンというのは、将来ある若い娘さんに人気の雑誌と聞いた。若者よ、ばかを恐れるな。ばかになるけどテレビを見よう。テレビは全然これっぽっちも役に立たないけどおもしろいぞ。何いってんだかなあ。

 とにかく、私はナンシーと名乗ってはいるが立派な社会人である。そして普通、立派な社会人というのはそんなにテレビを見ないものであるが、私は一日に15時間くらいテレビを見ている。そこできょうは、ばかになりにくいテレビの見方を教えるとする。… 
(「Popteen」89年7月号 河出書房『ナンシー関』より)

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 ぼくはテレビが好きだ。というよりは、好きだったと言ったほうがいいかもしれない。昔、広告宣伝の担当をやっていたこともあって一度に二画面のテレビを見ていた時代もあった。かと言ってテレビの裏側が知りたいとか、特定の芸能人などに関心があったわけでもなかった。ただ、テレビの向こう側に流れてゆく時代の風景といったものが何となく好きで、列車の窓から外の景色を見るようにテレビを見ていた。

 ところが最近テレビを見ていても、とんとその景色が見えなくなってしまった。それはもちろん、ひとつにはぼくが歳をとったせいで感性が鈍ったからだ。だがそれだけではないような気もする。ぼくらはテレビを見て育った最初の世代だ。物心がついた時はまだラジオの時代だった。しかし、悪がき時代にテレビが登場するやいなや、街頭テレビの力道山の姿とともにその不思議なメディアはぼくらの心を掴んでしまった。

 それ以来テレビはその姿を何度も変えていったが、それでもその変わる様がぼくには見えていたつもりだった。それはテレビで育った世代としての自負のようなもので、わかるはずだという根拠のないものだった。それがわからなくなってしまった。急につまらなくなってしまった。それは何が変わってしまったのだろうか。自分の老化のせいだけなのか。それもある。が、最近思っているのは、テレビがメディアとしてのその本性を現しだしたのかも知れないということだ。そんなことはあの駅前の街頭テレビにぼくらが群がっていた時代からテレビが持っていた特質だったのにぼくが気がつかなかっただけなのかもしれないが。

 テレビは今や娯楽だけではなく、ニュースワイドショーの形でぼくらの意見形成と世界観に大きな影響を与えている。政治や文化の面などで、どんな世論調査をしたってテレビの報道の方向を逸脱して意外なものがでてくることはない。それはテレビが大衆の要望や意見をとらえて番組を作っていいるからだというが、本当にそうだろうか。今、テレビは下らないと一蹴して活字インターネットの世界に転ずる方法もある。しかし茶の間のテレビは今やネットを飲み込み、世界中の番組までリアルタイムで家庭に届くメディアとして蘇ろうとしている。だからどうということはないのだが、僕自身は自分のテレビの見方をもう一度考えようと思っている。といっても眉間に皺を寄せて難しいことを考えるわけではない。要は、どうしたらもっと面白く見られて、そして騙されないか、ということだ。

 ナンシー関はもういない。消しゴム版画家という一風変わった技能を引っさげて登場した彼女の真骨頂は、消しゴムのスタンプに定着された数々の芸能人などの顔と同時に、コラムを通じて発揮される彼女の「見抜く力」だということに世間が気がつくのにさして時間はかからなかった。ナンシー関の凄さはテレビという得体の知れないものを、最後までブラウン管のこちら側から見つめ続けたことだ。テレビ界の業界人にはならず、ましてやタレントにもならずひたすらウオッチャーとしてテレビを見つめ続けた。だから彼女のコラムにはぼくらの知らない芸能界の裏話なんかは出てこない。全てはぼくらと同じように彼女の目の前のブラウン管の中で展開されていたことだ。

ナンシー関は言う。

 わたしは「顔面至上主義」を謳う。見えるものしか見ない。しかし目を皿のようにして見る。そして見破る。

芸能人と呼ばれるものが実は「芸能界人」であり、芸ではなくテレビの中では己の性格を商品として売っていることが彼女のスタンプやコラムを通じて浮き彫りにされてゆく。

 テレビに載った情報は全て仕組まれている。情報を送り出す側がいる限りそれは仕方のないことだ。ナンシーはそれを承知の上で見ている。目を皿のようにして見ている。そして何が仕組まれているか見破る。オリンピックが始まる前から「感動をありがとう!」なんというサブタイトルのついた番組があれば、たちまちナンシー関の格好の餌食にされたはずだ。

 ぼくは今まで、ぼくのような普通の人間が自分の周りのありふれた情報から何が分かるかを考えようとしてきた。もちろん自分の足で見に行けるものは極力行って見るが、ぼくらは全ての情報の発生現場に立ち会うことはできない。また、世の中には多くの場合全く相反する情報も存在している。結局、ぼくらのようなごく普通の人間が真実に近づいてゆくためには目を皿のようにして見、自分の感性に照らし合わせて考えるということを重ねてゆくしかないように思う。ナンシー関はそれを大まじめに、かつ野次馬根性でやるとけっこう面白いよ、と教えてくれた。

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 空前のおバカブーム、臆面もなく新聞の見出しをそのまま使う昼のワイドショー、あさましい大食い、インチキオーラを発する平成のラスプーチンたち、どのチャンネルを回しても同じように出てくる雛段芸人、ニュースキャスターが消えて代わりに勘違いしてニュース番組に座っているお笑い芸人タレント、等など。もしかしたらテレビは今の日本の時代を一番如実に映しているのかもしれません。そんな日本の姿を見たくないという心理が働いてぼくはテレビをみることを拒否していたのだと思います。

 しかし、テレビで流れていく風景のその一つ一つをなぜなんだろうと考えると、時代の背景が見えてくるのかもしれません。ナンシーの視点は芸能人というテレビの中の特異なものに向けられていたのですが、見ているものはその背後にある別のものだったのかもしれません。季節時代はそれ自体やその総体を見ることは難しいのですが、それらはあらゆるものの細部に映りこんでいると思います。それが何か拾ってゆくのも楽しいかも知れません。

⇒ぼくの好きなナンシー本ナンシー関(文春別冊)/何だかんだと(角川文庫)/何を根拠に(角川文庫)/小耳にはさもう(朝日文庫)/小さなスナック(文芸春秋)/ナンシー関の「小耳にはさもう」FINAL CUT(朝日文庫)

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SilverMac

 今までテレビで観た最もショッキングな映像は、1963年11月22日のケネディー大統領暗殺の衛星中継でした。その前日にSonyのトリニトロンテレビ14インチを購入、カラー映像が珍しくて夜通しテレビを観ていたら、突然ニュースが流れ、ケネディーの暗殺を知りました。
 今は余りテレビを観なくなりました。観るとしてもDocumentなどだけになりました。こんな番組ばかり造るメディアの堕落ぶりは目に余ります。
by SilverMac (2008-04-21 15:38) 

こうちゃん

TVは、もう、メディアとしての機能を
失った気がします。
何年も前から、NHKしか、見なくなりました。
by こうちゃん (2008-04-21 18:37) 

としぽ

こんばんは。私はTVが点いていないと落ち着かないし
いつもパソコンに向かっている時も背中でTVは点いている。
完全なTV人間です。最近の芸人さんは高学歴な方が増えているので
色々なクイズ番組が出来ていますね。その反面どういう教育を受けた
と思うほどのお馬鹿さんもいますね。最近はその馬鹿さを売り出して
いるのには呆れます。

by としぽ (2008-04-21 18:40) 

ccq

無くてもOK
by ccq (2008-04-21 20:30) 

coco030705

こんばんは。
今のTVの番組は一体どうなってしまったのでしょうか。
だいたいが、クイズ番組やバラエティーですね。
これは吉本興業の芸人が幅を利かせているからだと思います。
吉本は大阪にとってマイナスイメージだと思っています。
もっとまともな番組がつくれないのでしょうか。嘆かわしいですね。
by coco030705 (2008-04-21 21:26) 

テリー

そうですね。今の日本のテレビ、チャンネルは多いけど、やっているのは、ワイドショー、お笑い、ほとんど、同じ内容。ワイドショーもニュース番組なんか、解説にならない解説、単なる感想、コメント、批判だけをすればいいと勘違いしている人、ーー。
by テリー (2008-04-21 22:35) 

あまの

ナンシーはすごいですね。ぼくのところの雑誌にも、ずっと連載してもらってました。正直なところ、ぼくはあの人の眼力がこわかったです。
by あまの (2008-04-21 23:21) 

花火師

TV・・・そういえば1人でいる時は点けません
by 花火師 (2008-04-21 23:44) 

mimimomo

こんにちは^^
テレビは局が多すぎ芸能関係で生きている人間が多すぎ、やたら人が出てくる印象。
会話の中実は空っぽ! 
もうほとんど見なくなりました・・・天気予報だって当たりゃしない(--)
ナンシー関さんて知りません(__;)
by mimimomo (2008-04-22 10:55) 

aya

今のお馬鹿キャラ、その親が出てきたのには 唖然としました(^_^;)
by aya (2008-04-22 21:44) 

GUSUKO-BUDORI

家族の中心であった時代…
TVにとっても幸せな時代だったのかもしれません。
今や…TVも家庭も…カラッポに…なんて言い過ぎかな?
by GUSUKO-BUDORI (2008-04-22 23:47) 

engrid

見なくなりましたね
特にドラマは 全くです
by engrid (2008-04-24 00:14) 

Abraxas XIV.

日本のTVは、確かに一億総白痴化の元凶ですね。
でも、 イギリスのTVの方は、レベルの高い番組が多い感じがします。
ドラマやドキュメンタリーなんかも、超一流といふ感じですね。
イギリスのTV番組を日本に輸出したくなるほどです。
欧州大陸の方では、独仏合作のarte といふTV局の番組に素晴らしい
のがありますね。これも日本に紹介したいと思ひますが、問題は、誰が見るだらうかといふことですね・・・。
by Abraxas XIV. (2008-04-24 09:29) 

リフソロ

そのとおりだと思います。
でも、私はテレビが好きです。
by リフソロ (2008-04-24 23:37) 

seita

人気はありませんが、BSデジタルはまったりとした番組が多くて好きです。ギャラの高い大手プロダクションの芸人は出てきませんし、CMの回数も少なく感じます。とはいえ、うちもテレビを点けるのは朝ニュースと、夜のドラマ帯ばかりです。
by seita (2008-04-28 01:18) 

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