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丘の上で [gillman*s park]

丘の上で

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 コロナ禍でお籠りが続く中、殆ど毎日近所の公園を散歩しているのだけど夏になって日が高くなるとさすがに散歩などと言っている場合ではない。まだ気温が上がる前の早朝に出始めて朝食は戻ってきてからとういうことにとにしている。

 真夏になると南に大きく窓の開いているぼくの部屋は冷房をかけても30度を下がることが中々ないので、昼間は部屋で真夏のグミみたいにベタベタした体でぐたっとしている。

 昨日も今日も朝の散歩の時間は影もできないようなうす暗くどんよりとした天気で湿気が身体にまとわりついて少し歩いただけで汗が噴き出てくる。かろうじて時折吹く朝の風に元気を吹き込まれてなんとか歩き続けることができるような。

 日曜日の公園の朝はいつもとはすこし違う。犬を連れた散歩の人もいつもの数倍いるし、サンデーランナーらしい人達も盛んに走り回っている。犬を散歩させて顔見知りになったいわば犬友達が立ち話をしている光景はよく見かけるのだけど、その中の一匹は猫だった。

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 公園散歩の時は必ず北側にある街を見下ろす丘に登って一休みする。平日は丘の上に誰もいないこともあるのだけど、今日は日曜日とあって何人かの人がいた。いつもは人が居てもたいていは静かに街を見下ろしていたり、本を読んでいたり静的な雰囲気なのだけど、今日は連れてきた犬と遊んだり縄跳びをしたり動的な雰囲気だ。

 このコロナ禍を通じて、この公園と人々との関係が少しづつ変わってきたような気がする。公園の存在が人々の日常のライフスタイルに組み込まれてきているように思う。それ自体はとても嬉しいことには違いないのだけれど、そのきっかけがコロナ禍というのは哀しい。

 ぼくにとっても、公園のこの丘に来ることが今では日常の大切な部分になりつつある。公園の丘から街を見下ろしている人の表情を見ているととても穏やかなものを感じる。それはぼく自身もそうなのだけれど、何かを考えているということでもないし、かと言ってただボーっとしているわけでもない。いわば頭を閉じて、心を開いているような…。不思議な場所である。


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 *公園を散歩しているといろんな動物と散歩しているのを見かけます。犬、猫はもちろんフェレットやミーアキャットそれからこの間は首輪をつけたニワトリそして背中に背負った透明なデバッグの中にオカメインコのココちゃんを連れた人も見かけました。

 猫の散歩は昨日も今日も見かけたので今日はちょっと近づいて見たら向こうの猫も見ていて「猫が散歩しちゃいけないのかよぉ~」みたいにガン見されました。ぼくもウチの猫をつれて散歩でもしてみたいけど一度も外に出たことがないので無理だろうな。

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