SSブログ

父からの便り [新隠居主義]

父からの便り
 
IMG_0020-001 (2).jpg
 
 今年の暑く長い夏もようやく終わろうとしている。父も母も他界したのは九月だったので、それからは暑さの想い出はいつもほろ苦い味がする。これからの夏はますます暑くなるだろうから…。幸いと言おうか、父も母も生前はこんな狂気じみた酷暑が当たり前の時代になろうとは思わないで逝ってしまった。

 21世紀になってまだ二十余年にして大きな変化がひたひたと近づきつつある気がする。20世紀末、日本のバブルは剝げたけれど、当時のぼくには来るべき世紀への明確な期待もなかったかわりに、形になった不安も見えていなかった。ただ、当時教えを受けていた永井陽之助先生の21世紀はテロと地域・民族・宗教間戦争の時代になるだろうという言葉が能天気なぼくの頭を打ちすえたのを覚えている。

 その21世紀になったばかりのある日、一通のハガキが届けられた。それはハガキよりひとまわり大きな透明のファイルに入れられていた。昭和60年(1985年)9月30日の日付だった。送り主は父で、文面から父は7月22日にこのハガキをしたためていたことがわかる。父は当時開催されていたつくば科学万博にいって会場から「20世紀の私から、21世紀のあなたへ」というイベントでぼくとカミさん宛のその便りを書いた。

 つまりそのハガキは16年後の21世紀、2001年になってから配達されるというものだったらしい。父からはそのハガキのことは聞いていなかったので受け取ったときは驚きもしたし、感慨深くもあった。内容は家庭を大事にして暮らしなさいというようなものだけれど、最後に自分が海外旅行をしたようにこのハガキが着くころにはぼくらも月旅行にでも行けるようになっているかもしれないと結んでいる。

 その頃もう老齢だった父にとっての21世紀という新しい世紀の距離感がなんとなく漂っている。父は残念ながらこのハガキを投函した10年後の夏に他界した。父は根っからの職人だったから手紙を書くというようなことはほとんど無かった。覚えている限りぼくが父から何らかの便りをもらったのはこれを含めても二度。

 一度はぼくがまだ二十歳過ぎのころドイツに居る時に手紙をもらったことがあった。ぼくは下町の育ちだったから父のことはずっと「とーちゃん」と呼んでいたけれど、さすがに二十歳を過ぎてからは「おやじ」と呼ぶことが多かったけれど、でも面と向かって「おやじ」と呼びかけたのは記憶にない。

 当時のその手紙の文面はいかにも父らしかったけれど、一番驚いたのは手紙の中でぼくのことを「君(キミ)」と言っていたことだ。家では子供の頃からずっと父にはぼくの呼び名の「ケン」で呼ばれていたけど、手紙とはいえ「君」と呼びかけられると何とも言えない距離感を感じた一方、自分のことを客観的に見てくれるようになったのかと少し嬉しくもあった。

 父は酒を飲まなかったので一緒に暮らしていても酒を飲みながら親子で馬鹿話をするということはあまりなかったし、どちらかと言えば寡黙な父だったので「最近忙しいのか…」「うん、まぁ、何とかやってるよ…」みたいな、そばにいるからあたりまえの日常トークが殆どだった。今思うと、なんかもっといろいろと話しをしておけば良かったなぁと…。
 

IMG_8336.JPG
 
NewInkyo02.gif
 

 IMG_8334.JPG
 
 *今思うと、確かに21世紀が情報通信や遺伝子技術などの科学の発展で多くの問題を解決してくれる世紀のようでキラキラと輝いていた瞬間もありましたね。つくば科学万博は21世紀が16年後といういわば射程距離に入った1985年という微妙な時代のできごとでしたね。

 つくば万博の"…つくば万博は、科学技術に対する理解と協力を深め、人類の輝かしい未来の創造に寄与することを目的とし、「人間・居住・環境と科学技術」を統一テーマに掲げ…"というパローレは今のぼくらの心には複雑に響きます。
 


 (2014年)

 

nice!(52)  コメント(11) 
共通テーマ:アート

nice! 52

コメント 11

Baldhead1010

今思えば、親父お袋にもっと優しく接してやれば良かったのにと、後悔ばかりです。
21世紀に入りIT化が進みAI,ゲノム変種などなど人間が楽できるように設えてきたものに、反対に人間の退化をそそのかされている流れになり始めました。
by Baldhead1010 (2023-09-23 17:42) 

めぎ

私はつくば万博には行っていないのでそのときに21世紀に思いを馳せた覚えはないのですけど、84年に初めてのドイツを経験してて、ベルリンの壁を通って東に入ったりし、あのときはまさかドイツが統一するとは思っていなかったので、統一した頃は21世紀はイデオロギーを超えてどんどん和解していくのかなという期待がありました。
でも、21世紀になって事情はどんどん変わりましたね。年齢的に恐らくもうしばらくそれと付き合わなければならないことが、良いのか否か、という感じです。
by めぎ (2023-09-23 19:26) 

そらへい

つくば万博でそんな粋な企画があったのですね。
それに参加して、未来の息子さんに手紙を書くなんて
お父上もなかなかですね。
私も30歳過ぎに急に父を亡くしているので
今でももっと話したかったと思うことがあります。
亡くなって父から手紙が届いたら
内容はともかく嬉しく思うだろうと思います。
by そらへい (2023-09-23 19:42) 

夏炉冬扇

私もとうちゃん、かあちゃんで育ちました。お父さん、お母さんは使ったことなし。
いい写真ですね。昔の人は「やわ」でない。
by 夏炉冬扇 (2023-09-23 20:13) 

JUNKO

いいお話しですね。今でも父はときどき夢に登場します。
by JUNKO (2023-09-23 22:03) 

斗夢

モンゴルで放牧で生活している家族をTVで見たとき
21世紀は人間を幸せにする世紀なんだろうかと思いました。
by 斗夢 (2023-09-24 05:53) 

みうさぎ

君へ未来へ向けて父親が書いてくれた葉書きが届く涙溢れちゃうねっ若くして私の父親は亡くなったので今葉書きが来たら嬉しいなぁとちびっとおもいました。配達する人は
役所に行かないと私の所へは届けられないでしょうけど
未来に向けてそんな企画イッパイやって欲しいと思う。

by みうさぎ (2023-09-24 10:10) 

ZZA700

寡黙な職人さんという雰囲気はお写真からも伝わって来ますが、
文面からもシャイで温かいお人柄がうかがえますね。
私の父は20年以上前に亡くなっていますが、
考えてみれば父から手紙をもらったことがないなあ。
by ZZA700 (2023-09-24 23:36) 

ナツパパ

思い返せば、いつごろまで手紙でのやり取りをしていたのでしたか。
便利さについついSNSなどに頼り切っている現状です。
わたしは、外国の旅行先から両親にはがきを送ることがあり、そのはがきを両親が嬉しそうにいつまでも持っていたことを思い出します。
by ナツパパ (2023-09-25 09:16) 

ryang

これだけネットが当たり前になって
手紙を書く機会はとても減りました
でも手書きの手紙って嬉しいです
お父様、未来のgillmanさんご夫妻への
お手紙とは、素敵ですね
by ryang (2023-09-26 11:23) 

coco030705

こんにちは。
お父様、稜々たる気骨に溢れた方とお見受けしました。
そして、未来の子供たちへの優しさや愛情を持ち合わせたすばらしい方ですね。お父様は、犬がお似合いだなって思ったのですが、猫もお好きだったのでしょうか。
by coco030705 (2023-10-01 14:53) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント