SSブログ

日本語の教室から ~ナスターシャの夏~ [にほんご]

   日本語の教室から ~ナスターシャの夏~
      チェルノブイリ、あれから21年

  

 ナスターシャが日焼けして真っ黒になって帰ってきた。真っ黒というよりは、元が色が白いので真っ赤といった方がいいかも知れない。大学の社会人向けの日本語初級クラスは夏休みに入っていたが、非漢字圏の国の学習者から夏休み中に漢字の補講をやってくれという要望で週一回の授業を始めた。その合間を縫ってナスターシャは伊豆七島の新島に遊びに行った。補講に参加した非漢字圏の学習者はタイ、韓国、フィリピンそしてベラルーシの四人。全員女性で年齢こそまちまちだが皆明るい。ナスターシャはベラルーシの出身で四人の中でも一番年下である。

 日本に来たばかりということもあって他の三人に妹のように可愛がられている。初級日本語といっても他の三人はもう日本に永く住んでいて、そのうちの二人はママさんだ。ナスターシャは初級だが漢字の覚えは早い。四人で漢字のあてっこ競争をすると他の三人に負けてはいない。そのナスターシャが今度は愛知県に行くという。観光で行くのかと思っていたら、知り合いの日本人の家を訪問するという。彼女から今まで聞いていた話ではまだ日本に来たばかりだし、日本にそんなに知り合いもいないはずなのだが…。まだ片言の日本語なので詳細は定かではないが、どうやらその知人というのは彼女が子供のときからの知り合いらしい。

 彼女がまだ小学生の頃、あのチェルノブイリ原発事故が起こった。1986年のことである。彼女の住んでいたベラルーシは汚染され、もちろん子供たちも大変な目にあった。そのとき、子供たちを一時期海外に疎開させようという動きがあって、当時ドイツ日本の一般家庭に短期疎開させたらしい。その時、彼女は日本へ行くことを選んだ。「なぜ日本を選んだの」と聞いたら、当時は小学生だったので「ドイツは近いからいつでも行けるけど、日本は遠いからこんな時でないとなかなか行けないと思った」と屈託のない答えが返ってきた。結局、彼女は愛知県の一般家庭に二月弱滞在して保養することとなった。それ以来、彼女とその家庭との交流は続いているらしい。

 後日インターネットで調べてみたら、チェルノブイリの子供達のための保養里親制度というのがあって、それは今も続いているらしい。その里親制度の趣旨は「放射能で汚染された土地に住み、汚染されたものを食べている子どもたちを1ヶ月の間、放射能から疎開させる活動です。ホームステイ形式で、日本のごく普通の生活を送ります。自然で滋養あふれる食べ物を食べ、近所の子どもたちとの遊びを通して、体力を回復させるのが目的です。」(「チェルノブイリへのかけはし」ホームページより) 

 そのホームページには保養先の日本の海岸で遊ぶベラルーシの子供たちの写真が載っている。そこには「ベラルーシには海がない。ヨードを含んだ海風は身体にいい」と書いてあった。この夏ナスターシャが新島に行ったわけが何となく分かるような気がした。僕の脳裏からはもうほとんど消えかけているチェルノブイリの恐怖がにわかに甦ってる。ナスターシャの明るい笑顔の背後には言い知れぬ不安が潜んでいたのかもしれない。ナスターシャは今、一時帰国している。結婚の準備をするためらしい。どうやら相手は新島に一緒に行った日本人男性のようだ。この夏はナスターシャにとって特別な夏となった。

                            


nice!(24)  コメント(13) 
共通テーマ:blog

nice! 24

コメント 13

ecco

21年も前でしたか・・・
by ecco (2007-10-21 18:58) 

こんばんは^^
そういう草の根交流が実を結ぶと言うのは嬉しいですね~。
彼女たちは日本に住むのかしら~
あまりにもいろんな事故事件が多すぎて、チェルノブイリのこともほとんど
忘れかけていました。
by (2007-10-21 19:14) 

テリー

チェルノブイリの原子力発電所の事故は、有名ですが、子どもの疎開が日本にきていたと走りませんでした。
by テリー (2007-10-21 19:42) 

aya

ナスターシャさんは日本に来て幸せだったのでしょうね、これからの
人生良きものでありますように(^^)v
by aya (2007-10-21 21:55) 

ccq

一月といわず,もっといさせてあげたいですねぇ
by ccq (2007-10-21 23:27) 

くみみん

こんばんは。
チェルノブイリの事故、原発のトラブルとかがあると思い出しますが忘れかけていました。その頃の子どもたちがもう結婚をする年頃になっていたんですね。
元気に育たれたことを喜ぶと同時に、まだ汚染の残る土地があることも頭の片隅に浮かんでしまいました。
by くみみん (2007-10-21 23:48) 

としぽ

こんにちは。顔は出ていなくてもナスターシャのイメージが伝わってきますね。チェルノブイリはもっと後にならないと本当の被害は分かりませんね。
by としぽ (2007-10-22 12:29) 

GUSUKO-BUDORI

21年もたったのですね…
人類は少しは賢くなったのでしょうか?
by GUSUKO-BUDORI (2007-10-22 20:26) 

mami

記憶の中にありますが、21年も経ったのですね~♪
お越しいただきnice!を、ありがとうございました。m(_ _)m
by mami (2007-10-23 04:34) 

ミヤ

チェルノブイリ原発事故は、怖ろしいことです。
by ミヤ (2007-10-23 11:39) 

engrid

忘れてしまいそうなことが 恐ろしいかも
ナターシャさん 幸せになってください
by engrid (2007-10-23 17:31) 

鯉三

身近なところに「チェルノブイリ」があったのですね。
保養里親制度、素晴らしい活動ですね。
日本に住んでいる人も環境について考える機会になるはずです。

わたしもこちらで日本語を教えております。
by 鯉三 (2007-10-26 00:51) 

t-youha

はじめまして。galapagosさんのブログ記事からたどり着いて、記事を読ませていただきました。上記のような活動が行われていたのを知りませんでした。この記事は、今から3年以上も前の日付となっていますね。
ナスターシャさんが、今でも元気に幸せな生活を送っている事を深くお祈りいたします。
by t-youha (2011-01-28 03:18) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント