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さざんか [gillman*s park]

 さざんか

    

 誰か慌たゞしく門前を馳けて行く足音がした時、代助の頭の中には、大きな俎下駄(まないたげた)が空から、ぶら下つてゐた。けれども、その俎下駄は、足音の遠退くに従つて、すうと頭から抜け出して消えて仕舞つた。さうして眼が覚めた。
 枕元を見ると、八重の椿が一輪畳の上に落ちてゐる。代助は昨夕床の中で慥かに此花の落ちる音を聞いた。彼の耳には、それが護謨毬(ごむまり)を天井裏から投げ付けた程に響いた。夜が更けて、四隣(あたり)が静かな所為かとも思つたが、念のため、右の手を心臓の上に載せて、肋のはづれに正しく中る血の音を確かめながら眠に就いた。
   
                                                           夏目漱石 「それから」


  椿の花は花びらがまとまってボトッと落ちる。漱石の『それから』の代助はその椿の花が落ちる音で目を醒ました。花のまま散ってゆく姿が首が落ちるようだといって、椿は武家では「落首花」といって忌み嫌われた。しかし茶花としては珍重されている。千利休は椿の花をこよなく愛した。だが、その利休が秀吉の怒りを買って切腹を命じられ、彼の首が曝しものにされたことを考えると、その「落首花」という名と不吉な符合に思い至る。

 家の玄関のわきにも「侘び介」らしい椿の木が一本植わっているが、花の盛りが過ぎると一輪の花が丸ごとそのまま木の根元に落ちていることがある。公園の敷地にも何本か椿の木があるが、薄暗い木陰に枯れ切れない赤い椿の花が落ちている様は、ちょっと妖しい雰囲気さえある。

 椿の花が、花の形のまま朽ちてゆくのに対して、椿の仲間である山茶花の花はハラハラと散ってゆく。山茶花の元の花は白い色らしいが、公園の池の畔にある山茶花の花は桃色である。クヌギの木々に挟まれた形で数本の山茶花が植わっている。近寄って木の根元を見ると、クヌギやラクウショウの落ち葉の上に桃色の山茶花の花びらが散りばめられていた。山茶花の花びらは、冬の白っぽい光のなかで、ちょっと青ざめた少女の頬のような色をしていた。

   山茶花の 花のこぼれに 掃きとどむ  (高浜 虚子)

                       


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コメント 5

ちってる
by (2007-12-25 19:59) 

sera

MERRY CHRISTMAS!!

散っている花びらもきれい~
by sera (2007-12-25 21:39) 

MORIHANA

山茶花も椿も咲かない・・・北国の冬です。
絨毯のように敷き詰められた花びら、花首。
蝦夷っ子には、永遠の憧れです。

風邪流行中につき、くれぐれもご自愛のほどを。
by MORIHANA (2007-12-26 14:59) 

engrid

さざんかの 花びらの開ききったような華やかさ
椿の 筒咲きの静かな姿
どちらも 美しいですね
その時の心情でいかように心にうつります
by engrid (2007-12-26 15:15) 

としぽ

こんにちは。山茶花は家でも咲いています。散ると花弁を片付けるのが
大変ですね。
by としぽ (2007-12-30 14:51) 

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