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変哲も無い日常 [新隠居主義]

変哲も無い日常


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 ツツジの季節も終わって、公園の丘は草が生い茂げり、風が吹くとそれが波のように揺れて風の通り道が見えるようだ。カメラを構えたぼくの後ろからやってきた風が、ぼくの頭を通り越して前の草むらをフーッと一吹きしたように一瞬へこませて過ぎ去ってゆく。そんな時ほんとうは草いきれもするのだろうけど…それはぼくには分からない。 何の変哲もない日常がキラキラと輝いて見えるこういう瞬間が良いなぁ。

 
ぼくは放浪癖があるのか、暫くジッとしていると何処か遠くに行きたくなる。そのくせ、旅に出るとすぐにウチに帰りたくなるという厄介な性格だ。旅に行きたいと言っても何か特別なものが見たい訳ではなくて、敢えて言えば他の日常に身を置きたいという欲望が湧いてくるのかもしれない。かと言って、今の日常が嫌だとか飽きたという訳では全然なく、それどころか何の変哲も無いありふれた今の一日をどんなにか愛おしく感じているのだけれど…。

 旅にでてもそこでゆっくり飲める飲み屋とくつろげる部屋があればそれで良いので、旅先のホテルの部屋でも何とかそこでの小さな日常を作り出そうとして、洋服や持ってきた身の回り品のしっくりくる置き場所を求めて部屋の中をウロウロしたりしている。何のことはない、オランウータンの巣作りみたいなものだ。

 でも、歳をとると段々と遠くの初めての土地に足を踏み入れるのがおっくうになって、出来れば何処か遠くの国か街に馴染みの宿と飲み屋があって、そこに行けば異なる日常のスイッチが入るなんて…不届きなことを夢見ている。沖縄はぼくにとってそういう土地になりつつある。もちろん、それは沖縄が数千円で行ける時代になったからなんだけども…。そんな足元の日常とか、もう一つの日常などと言う事を考えていたらそう言えば画家のアンドリュー・ワイエスがそうだったなぁ、と思い出した。

 ぼくはアメリカの画家アンドリュー・ワイエスの絵が大好きだ。彼の絵の特長の一つに、風景や情景などで描く対象となっている地域が極めて限定されているということがある。描く対象というよりは彼が居た場所が極めて限定的だったということ。旅行も殆どしなかった。秋から夏は自宅のあるペンシルバニア州のチャッズ・フォードという村で生活し、夏から秋にかけては別荘のあるメイン州のクッシング村に滞在した。代表作の「クリスチーナの世界」もそのような環境で描かれた。

 狭い日常の世界、地域的にも限定された極端な地方性について彼は「…このひとつの丘が私にとっては何千の丘と同じ意味を持つ。このひとつの対象の中に私は世界を見出す」と語っているし、また「…題材を変えることは私にとってそれほど重要なことではない。なぜなら、ひとつの題材からいつも新しい発見があるからだ」とも言っている。(「アンドリュー・ワイエス 創造への道程」/Bunkamura)


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 この間渋谷の東急Bunkamura Museumにアメリカの写真家ソール・ライターの写真展を見に行ってライター自身が述べた同じようなフレーズに出会った。「私が写真を撮るのは自宅の周辺だ。神秘的なことは馴染み深い場所でおきると思っている。なにも、世界の裏側まで行く必要はないんだ」(「All about Saul Leiter」/青幻舎)

 彼はファッション写真などの世界から退いた後、ずっとニューヨークの自宅周辺の写真を撮り続けた。彼の写真には何の変哲もない日常の中にきらめく愛おしいような瞬間が定着されていた。それは彼が言うまさに「神秘的なこと(mysterious things)」なのだということが抵抗なく納得できる写真の数々だった。日常を深く感じとれれば、そこには全世界を見ることと等価な世界があるのだと彼も言っているような気がする。まだ自分の中で燻ぶっている旅への誘惑に抗いつつも、ぼくも今まで以上に身近な日常の世界を深く感じ取れるようになりたいと思っている。



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mimimomo

こんにちは^^
日常の中に「新しいこと」を発見できる。素晴らしいですね。わたくしにはちょっと無理かな。体が動かなくなったら、鍛えないといけない部分かも知れない。いまのわたくしは、遠い所に飛んでいくことが日常からの脱皮。
by mimimomo (2017-06-01 10:38) 

TaekoLovesParis

最後の写真は、ソール・ライターの仕事部屋の写真に似てますね。
こんなふうに大きな窓、窓枠、すぐ下に横長の机があって、、でも、これ、gillmanさんのお宅ですよね。
by TaekoLovesParis (2017-06-01 22:18) 

JUNKO

変哲のない日常の中に美を発見できたら最高です。毎日それを願いますが今だかなわずです。
by JUNKO (2017-06-01 22:39) 

としぽ

こんばんは。
見慣れた物から新しい発見をするには
日頃から鋭く観察していないと出来ないですね。
by としぽ (2017-06-01 23:53) 

JUNKO

今日改めてじっくりと読ませていただきました。昨日この文章を読んだ時大変な衝撃を受けましたし、日ごろ自分がなにを撮ればいいのか、迷っている心に一つ言うの方向を示唆していただいた気がします。ばあさんの素人写真を楽しんでいる私ですが、このような文章に出会えてとても良かったです。改めてお礼申し上げます。
by JUNKO (2017-06-02 20:08) 

coco030705

こんばんは。
アンドリュー・ワイエスは好きな画家です。でも彼の作品がそんなに地域限定の場所で描かれたとは知りませんでした。
そういえば、私はジェーン・オースティンという1800年代に活躍した作家のゼミ(大学)だったのですが、彼女の描く世界も本当に狭いものでした。けれども小説は面白く、かなりの数の作品が映画化されています。
アンドリュー・ワイエスもジェーン・オースティンも、自然や物事の本質を見抜いていたからこそ、面白いのかもしれませんね。

by coco030705 (2017-06-10 23:37) 

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