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ばあさんとチャー Ⅳ 完結編 [猫と暮らせば]

ばあさんとチャー Ⅳ 完結編

 ばあさんとチャーの生活が始まった。まだよちよち歩きのチャーは大きな段ボールの中にバスタオルを敷いて、隅にトイレの砂をおいた段ボールの家の中で暮らし始めた。ばあさんはバスタオルが汚れると取り替え、トイレが汚れると砂を取り替え、その間に日に何回にも分けて子猫用のミルクと離乳食をあげている。
チャーに何かちょっとでも変化があるとすぐに僕が呼ばれて、「どうしたんだろう、大丈夫かしら?」を連発する。ウンチが柔らかいと呼ばれ、ミルクを飲まないと呼ばれ、食べ過ぎると呼ばれ…。

 ばあさんの一日はそうしてチャーのサイクルで回っていた。しかし子猫が育つのははやいものだ。チャーはばあさんの心配をよそに力を付け段ボールの家の塀を乗り越えて外に出てしまうようになった。ばあさんは塀を高くした、それでもチャーは飛び出すようになった。
僕は以前逃げたシーズー犬のために買った組立式のケージがとってあったのを思い出し、それを婆さんの部屋の中においてあげた。これでチャーは晴れて広い空間を歩き回れるようになった。

 チャーが来てからはタマレオもばあさんのところにはほとんど行かなくなった。行ったところでばあさんに相手にしてはもらえないことも知っている。ばあさんはチャーを嘗めるように可愛がった。一日中ばあさんの猫なで声が聞こえてくる。



 チャーとばあさんの関係が微妙に変わり始めてきたのはチャーがよちよち歩きと離乳食を卒業して、ケージの砦から解放された頃からだった。足もしっかりして、すっかり若猫の風貌になったチャーは時々階段を上がって二階の世界を探検にくるようになった。最初のうちはちょっと覗いてすぐに帰っていったが、段々と頻繁に上がってくるようになった。そのたびにばあさんのチャーを呼ぶ声が聞こえる。

 そのうち、ばあさんはチャーが自分のところへ帰ってこなくなるんじゃないかと心配するようになった。僕はかみさんと相談して二階の階段の入り口にチャーが入ってこられないように開閉式のフェンスをつけることにした。これは以前タマが下の階に知らない間に降りていって家の外に出てしまうことがあったので、その時につけたフェンスがまだ捨てずにあったのだ。

 タマは一旦家の外に出ると気が動転してしまい自分では戻ってこられなくなってしまう。飼い主の顔も分からなくなって、結局長時間かけてこちらも疲れ果て、引っ掻き傷だらけになって連れ戻さなければならないのだ。そのたびにかみさんの目はつり上がるし、ばあさんは自分のせいで逃がしたと言ってメソメソするし、たまらない状況になるのだ。

 しばらくはフェンスの効果があったのか平穏な日々が続いた。どうやらばあさんとチャーは互いに折り合いをつけて暮らし始めたのだと思っていた。しかし、どうもそうではなかったらしい。そのうちチャーは階段のフェンスを跳び越えて行き来するようになってきた。しかもチャーが二階へくるのはどうも「ばあさんから逃げてくる」らしい。あるときフェンスの前に立ちつくしているチャーを見て全ての納得がいった。立派な若猫になったチャーはその首に「よだれかけ」をかけられていた。

               

 チャーは赤ん坊の時と同じように、ばあさんのお手製の可愛いよだれかけをしている。その時のチャーの困ったような顔が忘れられない。
ばあさんはチャーを可愛がりすぎて、大きくなっても赤ん坊のように扱っているのだ。チャーにはそれがたまらなかったのかもしれない。

 僕はチャーに気を取られていて、ばあさんの変化に気づかなかったのだ。歳をとってばあさんの方が子供に還っていた。小さな女の子が可愛い人形をずっと独り占めしたいように、チャーをずっと子猫のままで可愛がっていたかったのだった。
僕はそっとしておくことにした。チャーが二階に来るとしばらく遊ばせてから階下へ送り出した。チャーは振り返りながらしぶしぶと帰ってゆく。その姿を見送った。そして、ある日とうとう恐れていたことが起きた。

 ばあさんのところにいくと、チャーのトイレとご飯の入れ物、猫の缶詰など一式がまとめておいてあり、「わたしゃどうもチャーと気が合わないようだから…」と言って別居宣言を言い渡された。
すごく寂しそうなばあさんの様子に何かを言おうとしたが、もう決めたような雰囲気に負けて僕は黙っていた。「二階で飼ってくれないかい?

僕は「ああ」と言ってチャーの方を見た。聞こえない振りをしている。大人になったものだ。
大きく逞しくなってゆく猫と、老いて子供に還ってゆく自分の母を目の前にして僕の胸は痛んだ。
ばあさんは、ポツリと「これもムクちゃんのたたりかねぇ…」と言った。          




                                 ばあさんの猫遍歴はつづく…

   
    
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コメント 10

この完結編しか読んでいないんですが、すごく身近に感じる内容でした。
お人形のように愛玩の対象としてチャーちゃんを見てしまうお母さん。
やがて大人になって、猫としての誇りをもつようになったチャーちゃん。
他人事ではないなぁ…
by (2006-02-22 19:51) 

山猫庵

難しいものなんですねぇ…
by 山猫庵 (2006-02-22 19:59) 

とにかく可愛い!!チャー君。
親に何時までも子ども扱いされて、不愉快だった自分。
息子を何時までも子ども扱いしている自分。
なんだかこのお話を読んでいると苦笑を禁じえませんでした。
by (2006-02-22 20:27) 

Silvermac

「ネコに猫なで声」、これは効くでしょうね。
by Silvermac (2006-02-22 22:09) 

mippimama

子猫の成長も、ベビーの成長も同じですね〜
生まれたばかりと思っていても、日々成長し抱き方一つでも不満があるようです^^;
よだれかけを欠けられた、チャーちゃんの困ったような表情が愛くるしいな(=∩_∩=)
by mippimama (2006-02-23 10:15) 

HummingBird

うぅ~、かわいい。
by HummingBird (2006-02-23 20:18) 

coco030705

こんばんは。
この間、新聞の猫に関するコラムを読んでいました。
猫は仲間がいると、そちらに寄っていくらしいですね。
一匹飼いのときは、飼い主と猫が親子関係のようになり、猫が大人に
なってもその関係は変わらないと書いてありました。
チャーちゃんは、他の猫が居たので、自然と仲間に入ろうとしたのでしょうね。
それが、お母様にとっては離れていかれるようで寂しかったのでしょうか。
うちも5匹猫が居たときがありましたが、そのときはそのうちの一匹だけが
色々言いに来て、他の猫はけっこうシラっとしてました。猫って不思議でおもしろい生き物ですね。
by coco030705 (2006-02-23 22:25) 

みぽこ

ああ、いいなあ gillmanさんのエッセイは。説明的でないところがすばらしい。ブログを読んでて心にジーンとくるのはここだけです。
by みぽこ (2006-02-24 00:07) 

ecco

よだれかけっていうのが
いいね。
だまってされてたチャーちゃん健気です^^
by ecco (2006-02-25 13:12) 

読んだ後に、心がほわ~っとします。
チャーちゃんも人間のような感情が滲み出ていて、誰もが温かい。猫にも生まれつきの性格があるとしたら、チャーちゃんてなんて穏やかないい子なんだろう。美人で性格も良くなんて、素晴らしいです。
by (2006-02-26 17:30) 

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