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谷根千今昔 ~谷中~ [下町の時間]

谷根千今昔 ~谷中~


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 ■書斎と星

『東京にはお星さんがないよ。』
 と、うちの子はよく言ふ。
『ああ、ああ、俺には書斎がない。』
 これはその父であるわたくし自身の嘆息である。
 まつたく小田原の天神山はあらゆる星座の下に恵まれてゐた。山景風光ともにすぐれて明るかつたが、階上のバルコンや寝室から仰ぐ夜空の美しさも格別であつた。これが東京へ来てほとんど見失つて了つた。
それでもまだこの谷中の墓地はいい。時とすると晴れわたつた満月の夜などに水水しい木星の瞬きも光る。だが、うちの庭からは菩提樹や椎の木立に遮られて、坊やの瞳には映らない。…
(「書斎と星」北原白秋/「白秋全集 第一三巻」)

 小田原で震災に罹災した北原白秋は東京の谷中に引っ越してきた。東京も震災にあったに違いないのだけれど、こっちに引っ越してきたと言うことはまだ谷中付近の方は大丈夫だったのかもしれない。東京の下町に引っ越してきて白秋は書斎もないし星も見えなくなったと嘆いている。

 白秋が住んでいたのは谷中の商店街に降りる手前を左に曲がって朝倉彫塑館を過ぎた辺りだけれど、そこら辺には幸田露伴も住んでしたことがあるし、ちょっと先には岡倉天心の屋敷もあった。いずれも今は当時の面影はない。天心の屋敷跡はポケットパークのような小さな公園になって六角堂の形をした記念碑があるのみだ。


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 一昨日、いつものカメラ仲間と谷根千を散策した。いつ頃から谷中・根津・千駄木をまとめて谷根千と称するようになったのかは知らないけれど、少なくともそんな昔ではないと思う。というのは、もう50年も昔になるけど、ここら辺はぼくの通学路だったのだけれど当時はそういう呼び方はしていなかったと思うのだ。

 当時は日暮里駅から谷中の坂を下って不忍通りにでて団子坂のきつい坂を登り森鴎外の住んでいた観潮楼のちょっと先にある高校に通っていた。卒業してからは全くと言っていいほどここら辺に来ることは無かったけれど、数年前に日暮里舎人ライナーが出来て日暮里駅を頻繁に利用するようになって、また谷中方面にも来るようになった。

 数十年を経て、ここら辺を歩いてみて驚いたのは谷中商店街を始めここら辺がすっかり観光地のようになっていたことだ。休日などは裏道を含めて散策する人で一杯だそうだ。それを裏付けるように狭い裏路地にもカフェや小物を売るお店が出来ている。外国人の観光客が多いような気もする。

 千住で育って、中学は両国、高校は駒込、会社が本郷と下町にしか住んだことが無いぼくにとっては白秋が嘆いたようなごちゃごちゃとした街並みは当たり前の光景なのだけど、見る人によっては迷路のようで面白いのかもしれない。もっとも方向音痴のぼくにとっては分かりにくいこと甚だしいのだけれど…。とは言いながら、歩いていて何となく安ど感があるのはやっぱり生まれ育った街並みの匂いを感じているからだろうか。   

    …つづく


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*散策当日は昼ごろに根津神社の境内で待ち合わせでした。ぼくは日暮里駅で降りて谷中を抜けて不忍通りを根津まで歩いたのですが、集合後また谷中まで歩き、そこからまた根津まで戻ると言う風に谷根千を都合三回行ったり来たり。でも、その度に道筋を変えて歩いたので今まで知らなかった路も通れて良かったです。

**知らなかったのですが谷中銀座は猫の商店街としても知られているらしく、猫を目当てに来る人も多いようです。とは言えいつも猫にお目にかかると言うわけでもないので…。今回の商店街の写真も一週間くらい前に撮ったものと、当日の午前中集合場所に行きながら撮ったものと、仲間と散策中に撮ったものと混ざっています。ぼくはどちらかというと猫よりも猫を撮っている人の方に関心がありますが…。


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kuwachan

猫も撮られ慣れていますね?^^
by kuwachan (2015-02-22 12:11) 

足立sunny

いつの間にか、そんな名所になっていたんですね。
谷根千は、ミニコミの谷根千雑誌が出てからじゃないかと。
by 足立sunny (2015-02-22 18:02) 

ナツパパ

谷中の会談から、谷中銀座を抜けた先に、知り合いの家がありました。
30年以上も前になるかしら、その家によく行きました。
当時も、谷中銀座、そして谷中の街は見物する人が多かったですが、
今ほどではなかったです。
谷中銀座も地元の人相手の店が多かったし。
昨年の今頃、久し振りに訪れて驚きましたっけ。
もうもう完全に観光地ですね、いやはやでした。
by ナツパパ (2015-02-22 19:51) 

Silvermac

逆光のモノクロが特に良いですね。
by Silvermac (2015-02-22 22:18) 

としぽ

こんばんは。
ショウウインドウの映り込みがきれいに出ていますね。
ネコ撮りしている方を普通に見かけるのですね。

by としぽ (2015-02-22 22:36) 

親知らず

この坂を下りた先にある判子屋さんで作った認め印がお気に入りです。
招き猫と自分の名字が判子の中にギュウギュウに入っています。
by 親知らず (2015-02-22 22:55) 

鋭理庵

ボクは高田馬場で育って中学は板橋志村、高校は浜松町、会社が丸の内その後、一番町。今は横浜富岡。高校の時は板橋志村から都電18番に乗って山の手線巣鴨から浜松町へ3年間通いました。谷中あたりに住んでいて鶯谷から乗って来る同級生とは今でも付き合っていますが(地下鉄は丸ノ内線と銀座線しかなかった)下町には憧れていました。当時の板橋志村は田舎でしたから...。
by 鋭理庵 (2015-02-23 02:58) 

evergreen

25年前、千駄木下宿していたので根津神社を抜けて銭湯に行っていました。
丁度、雑誌「谷根千」がメジャーになった頃でした。
その「谷根千」も数年前になくなってしまいましたね。
当時の谷中にそんなにネコがいた記憶がないのですが、
ただ興味がなかっただけかもしれません。
by evergreen (2015-02-23 10:19) 

engrid

小川糸さん著、喋々喃々を読み
お話が、谷中を中心に、繰り広げられるという
内容よりも、その界隈の魅力に本を読み終えました
本に出てくる路地、坂道、神社等などを、尋ねながら
散歩したくなっています、いつか叶うといいのですが
by engrid (2015-02-23 22:24) 

テリー

谷中で、猫の撮影が、流行っているのですね。
by テリー (2015-02-25 15:58) 

けん

谷中銀座。2回ほど行きました。撮ってても楽しいし、メンチカツもうまいし。いう事なし!
カメラ散歩?ソネブロガーさんですか?楽しそうですね♪イイナー!
by けん (2015-02-25 19:37) 

anan

お墓が谷中なので、子供の頃から日暮里にはよく行きましたが、
何故か谷中ぎんざの方へは、行ったことがありませんでした。
数年前に初めて行って、そのにぎわいに驚きました。
その時すでに観光地化していましたよ。
猫の実物より、通りに置かれている猫の置物は、
実に“シズル感”あふれていて、びっくりでした。
by anan (2015-03-10 11:23) 

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