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ハッサンの屁 [Column Ansicht]

  後世から今を振り返って見た時、今起こりつつあることはぼくたち日本人の精神史における一つの転換点として位置付けられるかもしれない。その評価はもちろんぼくらがこれから何を考えどう行動するかにかかっているのだが…
 
  今回の大震災は地域社会や安全や世界の中の日本、さらに日本人そのものについて、そしてマスコミや政治や政府というもののあり方についても、ぼくらが改めて考えることを求めている。

  その中のいくつかの事は、ぼくたちがこれから生きてゆく上で勇気を与えてくれるものかもしれない。一方、ちょっと考えてみただけで暗澹たる気持ちになってしまう事柄もある。その最たるものが政治だ。

  政治不信が叫ばれて久しいが、一向に状況が好転しない国民の目は政権交代に注がれていた。そして国民はその方向を選んだのだが、それは結果として国民を政治不信からさらに政治の絶望へと追い込むことになってしまった。

  その引き金を引いた人物の一人は責任をとって潔く政界から身を引く、という政治家として最後の矜持を示して去って行った。それはそれで一つの在り方だなと思っていた。しかし、気がつくと何時の間にか「辞めるのを止めた」という不可解な態度を示して、暗躍するようになっていた。

  民衆の味方を標榜しながら、莫大な資産を背景に民衆とはかけ離れた生活を送っていただろうその人は、実は民衆とは忘れ易いものだと看破していたに違いない。自分が綺麗さっぱりと身を引くと言ったことなど、民衆はもうとっくの昔に忘れているだろう、と。

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 ■ …この物語は何世紀にもわたってイラクのバザールで語りつがれてきたもので、まこと涙なくしては語れない。それゆえ笑わないでほしい。
アブドゥル・ハッサンはかの偉大なるカリフの治世における有名な絨毯職人で、その腕は高く買われていた。ところがある日、宮中で商品を披露しているとき、破滅的な事態が起こった。
ハルーン・アッラシードの前で低く頭をたれた瞬間、アブドゥルは、放屁をしてしまったのだ。

その後、絨毯職人は店をたたみ、一頭の駱駝の背にいちばん値のはる品々だけを積んでバグダッドをあとにした。職業はそのまま名前だけを変えて、シリア、ペルシャ、イラクなどの国々を何年間も放浪のたびを続けた。商売はうまくいったが、愛する生まれ故郷の町のことはいつも頭から離れなかった。

ようやくもうみんなあの不名誉な事件を忘れただろうと確信して家路についたとき、彼はもう老人だった。バグダッドの尖塔が見えてくる頃には夜のとばりが落ちていたので、市街へは翌朝はいることにして手ごろな宿で一泊した。

宿の主人は話し好きで愛想が良く、アブドゥルは大いに喜んで、長期にわたる不在の間に起きたことを片っ端から聞かせてもらった。宮中でのとある醜聞をふたりで笑いあったとき、アブドゥルは何げなくたずねた。「それはいつの話しかね?」
主人はしばし考え込んでから頭をかいた。
「はっきりした日付は覚えてないな」と彼は言った。「でもたしかアブドゥル・ハッサンが屁をひってから五年ほどあとのことだったよ」
というわけで、その絨毯職人は二度とバグダッドへはもどらなかった。

『神の鉄槌』 The Hammer of God アーサー・C・クラーク /小隅 黎・岡田 靖史訳/早川書房/p43


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Silvermac

彼の辞書には「恥」という言葉はないようです。
by Silvermac (2011-04-27 06:04) 

ナツパパ

今回の騒動で、あの人この人、馴染みの政治家が顔を出し始めましたね。
そして、ついに...やっぱり出てきたか、と哀しくなりました。
政党政治は、こうやって自壊していくのでしょうか。
待っているのは辣腕の独裁的政治家じゃあ、いつか来た道だと思うんですがねえ。
by ナツパパ (2011-04-27 10:34) 

rantan-nya

A.C.クラーク氏はこういうものも書いているのですね~
ハッサンと鳩さんは大違いのようです・・
by rantan-nya (2011-04-27 16:37) 

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