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ぼくたちは何を学んだか [Column Ansicht]

ぼくたちは何を学んだか

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 今、ぼくの手元に一冊の雑誌がある。それは昭和五十四(1979)年の文芸春秋の六月号だ。ぼくの自宅にはじゃまにされながらも棄てずにずっととっておいた昭和49年から30年間分の文芸春秋がおいてある。その中から毎月30年前の当月号の文芸春秋をとりだして新刊書のような気分で読むのが仕事をやめてからのちょっとした楽しみになっている。

 そう言えば、2年前に読んだその時の30年前の文芸春秋六月号に米国スリーマイル島原発事故のルポルタージュの記事が載っていたのを想い出して引っ張り出してまた読んでみた。6月号の目次には…
カタストロフのあと・三哩島インフェルノ
 "原発最悪の事故"をもっともそばで目撃した
   (毎日新聞ワシントン特派員 寺村荘治)

 
本編は193ページから208ページまで時系列の経過や、今では嫌というほどぼくらの目に焼き付いてしまっているあの原発の内部の仕組みの図説もある。その記事は以下のような見出しで始まっている。

 決死の原発事故ルポ
 三哩島インフェルノ
 事故三日目、私はスリーマイル島に向かった。発電所の中でいったい何が起こっているのか? 情報混乱の中で、一般人ばかりでなく専門家たちの恐怖も肥大していく。

 ルポルタージュは事故発生直後の原発に起こった事象とそれを取り巻く関係者の動きを克明に追っている。そこに登場するのは、①スリーマイル島の原発を管理・運用していたメトロポリタン・エジソン社(電力会社)、②原発を監督する米連邦原子力規制委員会(NRC)、③原発があるスリーマイル島の属する州であるペンシルバニア州知事そして④当時の米大統領ジミー・カーターである。

 これを今回の福島の原発事故における関係者と対比して見ると、①メトロポリタン・エジソン社(電力会社)=東京電力、②米連邦原子力規制委員会(NRC)=原子力安全・保安院、③ペンシルバニア州知事=福島県知事、そして④米大統領ジミー・カーター=菅首相という対応になるかもしれない。

 ぼくは素人なので技術的なことは良くわからないが、原発事故の発端が片やスリーマイル島が人為的なミスであるのに対し、今回の福島原発は災害が発端であったという相違はあるしても、発生後の経緯が極めて酷似していることに驚く。

 事故発生後の電力会社メトロポリタン・エジソン社の記者会見でクライス社長は
 …クライス社長は、しきりに「人間のすることで何事も完璧なものはありえない」とのべ、「この出来事は誰にも被害を与えていない」と高飛車な調子で事故を弁護した。日本の電力会社の社長さんなら、さしずめ「国民の皆様にご迷惑をかけたことは申し訳ない」と深々と頭を下げ、電力会社に対する風当たりがやわらぐのを待つところだろう。(p199)

しかし、その後の記者会見で広報担当の副社長は、最初は自信満々だったが、
 …執拗な質問にようやく「原子炉の中の三万六千本の燃料棒のうち、百八十本から三百六十本、つまり1%以下が溶けた可能性がある」と譲歩した。だがこの推定も、この日遅くなって、NRC(米連邦原子力規制委員会)が「燃料棒の50%が損傷している」とのべたことで、会社側に対する不信感はさらにつのった。(p199)

 ルポルタージュは原発の実情がストレートに関係者に伝わってゆかず、原発事故に対処する体制がきしみ始める様子を描いている。
 …この日の夜遅く、ソーンバーグ知事は、発電所に電話を入れ、燃料棒の損傷が以前よりも悪化しているとかどうかを確かめようとした。だが返ってきた答えは、「それは必ずしも放射能の放出と言う問題を意味していない」という曖昧なものだった。だがこの知事の危惧は、翌三十日になって現実となった。(p201)

 …クライス社長は、「個人的には危機は終わったと思う。水素のアワの量は昨晩中に減少した」と楽観的なトーンを打ち出した。しかしこの会社側の説明は、ソーンバーグ知事がデントン局長(NRCの責任者)から受けた報告とは似ても似つかないものだった。(p204)

 …三時四十分、デントン局長から入った報告によると、水素のアワはなお増え続けて、酸素のガスも増えていた。水素と酸素の割合がある一定のところに達すると爆発を起こす。原子炉は危機に向かって動いていた。(p204)

 今回の原発事故でも、ある時点で東電は原子力安全・保安院に原発を引き渡して手を引きたいと言ったというような趣旨のことが一部で報道されたが、全く同じことがNRCと電力会社の間で起こっていた。
 …NRCと電力会社は多くの技術的な点で正面から衝突、電力側は一時すべての運転員と技術者たちを発電所から引き揚げさせ、NRCにすべての責任を押し付けるとの厳しい態度を示したこともあったといわれる。(p207)

 カーター大統領がついに住民の避難を示唆した翌日にあっという間に酸素のアワが消え二日後には安定した状態に戻った。だがもちろん格納容器の中には、高い放射能を持つ水や蒸気が詰まっておりこの処理には長い年月がかかった。結果としては原子炉爆発と言うNRCの危惧は起こらなかったが、ことが起こった時の情報不足が危機をさらに大きくするリスクを抱えていることがわかる。それは住民に対してもそうかもしれない。

 事故後原発の15マイル以内の住民に対して行った世論調査では、
 …住民の52%が事故について「真実」を教えられてていないと感じ、「真実」を教えられたと応えたのは僅かに36%、また事故に関するマスコミの報道に不満を持った人は実に46%と、ほぼ半数を占めている。(p208)

 あれからもう32年も経っている。日本の原発関係者もスリーマイル島の原発事故から多くの技術的な教訓を学んだと思うし、そう願いたい。フェイルセーフの考え方や二重三重の安全装置、あらゆる想定されうる事態に対する技術的な手は打っていたと考えたい。しかし、それでも想定外のことは起こりうることを今回の事故は示している。

 ぼくは思うのだが… 
いくら技術的に進歩しても想定外のことが起こりうるとしたら、その時に最終的に頼らなければならないのは機械ではなく人間が形成するヒューマン系のシステムなのだと思う。しかし、そのヒューマン系のシステムは極めて脆弱な体質をも抱えている。想定外の事態が起きた時、人間は立ち向かう勇気や崇高な使命感を示すことがあると同時に、このヒューマン系システムは人間の「業(ごう)」ともいえる性格をも抱え込んでいる。

 つまり、何か想定外のことが起きた時に、人間にはことさら楽観的に見ようとしたり、不都合なことを隠そうとしたり、自分の立場を守ろうとする力も働く。それが事態を思わぬ方向に向かわせさらにリスクと不安を増大させることがある。それはある特定な国や分野にのみ起こりうることではないし、また科学技術のように数値的・論理的に改善するということも難しい。それをも技術の進歩で解決できると思うのは不遜ではないかと思う。

 人間が自分の持ついわば「業」のために人類に壊滅的なリスクをもたらす恐れのある科学技術に対しては、たとえそれがどんなに便利で魅力的であろうと、十分すぎるくらいの用心さを持つべきではないか。例えば、核技術や生命工学のように… それを進めるのであれば、何を覚悟すべきか論議し明確にしておく必要があるのではないか、と。

 最後にこの32年前のルポルタージュはこう締めくくっている。
 …十五日、ユーゴスラビアで大地震があり、二百人以上が死んだ。同じ日、ミシシッピー州のジャクソンで洪水が起こり、一万七千人が緊急避難した。もしこれと同じことがスリーマイル・アイランドで起こっていたら…。(p208)


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Silvermac

まさに「歴史は繰り返す」ですね。
by Silvermac (2011-04-17 10:37) 

aya

想定外のことを想定するのが危機管理だと思うのですが。
国のメンツを考えないで、他国にヘルプを出すのも
勇気ですね。
by aya (2011-04-17 12:32) 

tanaka-ma3

地震列島の上に原発というのが土台無理な話だと思うのですが。
それより地下のマグマの発電利用を国家プロジェクトにできないものでしょうか。
by tanaka-ma3 (2011-04-17 13:39) 

coco030705

こんばんは。
怖いですね原発。スリーマイル島でも、怖いことが色々あったんですね。
アメリカでは現在108基の原発が稼働中とか。
昨日マイケル・サンデルの番組で、日米、上海と中継を結んで議論していましたが、その中で作家の石田衣良が「原発を廃止することはできない、
人類はあともどりできない。飛行機が危ない乗り物でもそれを廃止することができないように」といっていました。でも原発によって、もしかすると人類が滅亡する可能性が大ということがわかっているのに、それをやめないのはおかしいと思います。たとえ生活が後退するとしても、絶対に廃止するべきだと思います。
by coco030705 (2011-04-17 21:17) 

まぐろ

すごいです。1979年度版をお持ちだなんて、
私はこの手の本が好きでよく買うのですが読んだらすぐに捨ててしまいます。
でもこうして時代をさかのぼって見れるのが面白いですね。
実際一年くらいの雑誌を読んで評論家の方が将来の見通しを語っていたりしてたいていそれが外れていたりするので面白く見ています。
スイスにいると古い雑誌でも大事にとっておいたりするもので(笑)7
by まぐろ (2011-04-19 07:12) 

ふじかわ

福島の原発はちゃんとおさまってくれるのかなぁ。
by ふじかわ (2011-04-19 21:08) 

engrid

想定外で逃げてはいけないと思います
人間の奢りではないでしょうか
人は、謙虚であることを忘れてはならないと思います
by engrid (2011-04-20 17:31) 

blanc

今回の津波をみて絶対という事は無いのだなと改めて思いました。
絶対無いくらいの事も想定しなければ行けませんね 特に原発などは。
by blanc (2011-04-21 23:31) 

かめむし

今回、経済的なリスクも壊滅的だということが明らかになって、
世の中がどう動くのか注目したいです。
by かめむし (2011-04-24 21:03) 

sig

こんばんは。
ちょっと不遜なのですが、原発事故はそれとして、文春30年分とは驚きです。出版社でさえ揃っていないのでは。著者や記事内容を考えると大変な財産ですね。
by sig (2011-04-25 20:37) 

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