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ヒトラー暗殺 1944年7月20日 [ドイツの目]

 ことしも7月20日がやってくる。

 1970年12月10日。僕は友人とベルリンの地下鉄に乗って郊外のプレッツェンゼーにむかった。駅を降りると、そこは灰色の空の下に広がる工場地帯だった。工場街を抜けるとレンガ塀の刑務所が見えた。そこの一角に小さな倉庫のような建物があった。

 そこが1944年7月20日におこったヒトラー暗殺未遂事件の関係者が処刑された場所だ。痩せこけた一人の男が案内してくれた。僕らが門を入ったとき、彼はうす暗闇の中に一人で立っていた。案内人ではなく自分もここを見に来た人らしい。

 案内された建物の中に入るとコンクリートに囲まれた空間に、寒々とした電球に照らされて処刑者達をつり下げたフックが冷たく並んでいた。肉屋の冷蔵庫で肉の塊をつるすあのフックだ。それを指さした男の腕にどくろの入れ墨があったのを覚えている。

 何人もの人々がこのフックにピアノ線で首を吊され処刑された。その部屋にはギロチンも置かれていた。ぼくたちは、しばし呆然と立ちすくんだふと我にかえって振り向くと、案内してくれた男はもういなかった。この光景は一生忘れることはできない。人間は人間に対してどんなに残酷なことでも状況次第では出来るのだと思った。

 帰り道、背筋の凍るような思いで白樺の並木道を地下鉄の駅まで歩いた。いまだに心に鉛のようなものが引っかかっている。


 
西ドイツに戻って、7月20日事件についていろいろと調べてゆくうちに当時のドイツ国内には様々な抵抗運動のネットワークがあり、彼らは微妙な関係を保ちながら活動をしていたことも分かってきた。と同時に、これに関係する研究や史実の扱い方に当時の西ドイツ政府の並々ならぬ執念を感じたと言うよりは、少し違和感を感じたと言った方が正確かも知れない。その違和感は以下の3つぐらいの要因から発生していたように思う。

 ①ナチスドイツ下での抵抗運動の存在は、敗戦で打ち砕かれた「ドイツ人の誇り」を喚起し、ドイツ人の心の復興を支えるものとしてスポットライトがあてられ、保存された史実なのだと思った。まがりなりにも独裁者を引きずり降ろし、自分たちの手で決着をつけたイタリアに対し、ドイツは最後まで独裁者の支配下で終戦を迎えねばならなかったというドイツ人の心にささった棘に、このドイツ抵抗運動の史実は癒やしの効果を持っている。つまりドイツも自らの手で決着をつけようとしていた、という自負を与えてくれるのだ

 ②7月20日のヒトラー暗殺未遂事件の首謀者フォン・シュタウフェンベルグ大佐や、やはり事件に関わったと見られ自殺を強要されたロンメル将軍などが生粋の伝統的ドイツ国防軍軍人であったことを強調することにより、ナチスではない軍人集団の存在を知らしめたかった。(ナチスではないが国防軍の軍人も儀式で全員ヒトラー総統に忠誠を誓わされていた。その誓いが軍の反ヒトラーの動きを封じたという説もあるが。)
                                      
 ③そして対外的にもあのときヒトラー暗殺が成功していれば、という「歴史のif」を現実味を持って語ることにより、ナチ
スに染まらなかった、まっとうなドイツが存在したことを示したかったのだと思う。

 そして、その執念は今でも続いているように感じる。



 *上の写真はドイツのホームページに乗っていた最近の写真だが、以前はこんなに「きれい」ではなかったし、この写真にはないがギロチンも置かれていた。傍らには枯れて埃をかぶったバラの花が二、三本置かれていたのを覚えている。処刑された人々の無念さが伝わってくるような現場だった。

 


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Abraxas

Berlinには何度も一緒に行きましたね。ドイツ連邦政府からかなり補助金が出ていた研修旅行でしたね。カラヤンの指揮及びチェンバロ演奏でヴィヴァルディの四季を聞いたのを憶えていますか?学割で5マルク(500円)でしたね。それから、ローリン・マーツェル(日本では、マゼールですね)の指揮でAlso sprach Zarathustra, は感激でした。80年代の初め英国に移住する前にデュッセルドルフで、ズビン・メータの指揮でZarathustraを聞いてこれまた大感激でした。
by Abraxas (2005-10-23 10:51) 

gillman

そうですね、まだ壁のある時代でしたからチェックポイント・チャーリーを通って東ベルリンに行ったなんて今では嘘のようでしょうね。
プレッツェンゼーのあの重苦しい空気は今でも忘れられません。
by gillman (2005-10-23 13:04) 

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