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日本人の質問 黄犬忌 [にほんご]

日本人の質問 黄犬忌

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 2月24日ドナルド・キーンさんが亡くなって丸一年になる。養子のキーン誠己(せいき)さんがこの日を「黄犬忌(キーンき)」と名付けたらしいが、これはキーンさんが生前から自分の署名に黄犬(キーン)を良く使っていたかららしい。いつもはぼくの敬愛する人の命日にはブログの左にあるサイドバーで「I remember...」というタイトルで書いているのだけれど、今回は本編の中で少し自分の体験とあわせて書いてみたい。

 ぼくの好きなドナルド・キーンさんの著書に「日本人の質問」というのがあって、昔新書版の本で読んだことがある(二年前くらいに文庫版で再出版されている)。元原稿は多分30年以上も前に書かれたものだから今とは状況も違っているかもしれないが、留学生たちの話を聞いているとキーンさんの書いたことと同じようなことが今でもあるみたいで面白い。

 留学生たちが日本に来て必ず聞かれるのは「納豆は食べられますか?」「お寿司は好きですか?」「生卵は大丈夫?」「皆と一緒に温泉に入れますか?」「日本語は難しいですか?」等など。キーンさんも本書の中で「…日本人でも刺身を食べない人がいるのに、私に「お刺身は無理でしょうね」と尋ねる人は、変な日本人の方には関心を持たないようである。…」と言っている。

 また彼は日本人にあまりうるさく「食べられないものはないか」と聞かれたら「ワニの卵が嫌いです」とか言いたくなる時があるとも…。まぁ、日本人の方は話のとっかかりの一つとして聞いている面もあるのだけれど、のべつ幕なしに同じような事を聞かれる方にとってはたまらないかもしれない。ましてやキーンさんのように日本に何十年も住んでいて、日本文化に関する知識もそんじょそこらの日本人にはかなわないような人にとっては尚更である。

 ぼくが以前大学で日本語教室の社会人クラスを担当していた時も、もう長いこと日本に住んでいる外国人の受講生もいて同じようなことを言っていた。そんな時どういう風に答えているかが興味もあったので、何人かの受講生たちと話してどんなことを聞かれたかメモしてみた。極めて個人的な質問もあったけれど、そういうものを除くとやはり食べ物に関してが多い。あとは自分の国の事とか、日本で驚いたこと、行きたい場所など等…。

 そういった質問を30個くらいカードにして、各々の項目を複数枚つくり全部で60枚くらいの「日本人の質問」カードを作った。遊び方はいろいろあるけど、その時は授業の前にいわゆるアイスブレイクという時間をとってその時の話題とか、今週はどうでしたか、とか軽い会話をして場の緊張を解いてから授業に入るのだけれど、学生から中々言葉が出てこない。そこで授業の初めにこのカードを一枚づつひいてもらって、その質問に答えてもらうということにした。

 最初はどんな質問が出るかかえつて緊張していたけれど、大体は以前聞かれたことがあるのでバスする学生は少なくなった。また他の人の答えに対して自分はこう答えたとか会話の広がりも出てきたことを覚えている。今はあまり使っていないが、今度初めての学生の自己紹介の時に各自一枚ひいてもらうというのをやってみようと思っている。まぁ、キーンさんはもうたくさん、と言っているかもしれないけど…。


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ドナルド・キーンさんの日本文化に関する著書の中でも比較的読みやすく、日本人が自分の文化を見直す良いきっかけになりそうな本で「日本人の質問」以外にも下記の本が特に面白かった。(すべて文庫本)

■「日本語の美」…ぼくらがもう忘れてしまった、日本語が現代日本語にたどり着くまでに特に明治時代以降に起きていたことや、Ⅱ部ではキーンさんの広い交友の中での人物像なども語られていて興味深い。

■「果てしなく美しい日本」…元は英語で書かれたものを訳者が翻訳している。キーンさんのかなり初期の著書で第一部はLIVING JAPANといういわば日本文化史的な内容であり、二部は世界の中の日本文化と題した日本文化論的エッセイで生涯変わらなかった彼の日本への愛の原点のような著書。読みごたえがある。

■「日本人の美意識」…中世からの日本文学や演劇に造詣の深いキーンさんの目から見た日本文化、そしてそれが明治以降にどう変質していったかという洞察も興味深い。そして日本人が持つ曖昧性に根付いた美意識など、指摘されて初めて思い当たる点もあり、これも読み応えのある本となっている。


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[もう少しだけ…]
 
 キーンさんは「日本人の質問」の中でこう言っている。「…口に合わないものを外国人に食べさせたくないと思うのは、日本人の親切心のあらわれと思われるが、その裏には「日本の特殊性」という意識が潜在している…」と日本人の特殊主義のようなものを見抜いている。

 例えば「日本語は難しいでしょ」と言うが、世界には東欧系の言葉のように難しい言語は沢山あるのだけれど、本当の日本語は外国人には無理だと思っている。歌舞伎にしたって、能にしたって会場で外国人を見かけると何の根拠もなしに「わかるのかしら…」なんて思ったりして。

 もちろんそんなことはぼくら日本人がドイツのバイロイト音楽祭に行けば、日本人にワグナーが分かるのかみたいな反応には会うので、言わば「文化の血の驕り」みたいなのはどこの世界にもあるのだけれど、それが日本には強いように思う。この「特殊主義」みたいなものは民族のアイデンティティとは少し違って、とにかく日本文化の多方面で自分たちは特殊で他からは中々理解されにくいという信仰みたいなものがはびこっているような気がする。

 例えばドイツで言えば勿論ドイツなりのアイデンティティはあっても、その底流に西欧文明というものへの心理的なしっかりとした親和感みたいなものがあるのだけれど、それでは日本に中国文明に対するそういった親和感が今あるかというと、それは中々素直に認めたがらない心理が働いているらしい。難しいことはよく分からないけど、どうもそうなったのは日清戦争以降で、それ以前は文化人たるもの教養の基本はヨーロッパ人にとってのラテン語のように中国文化だった。(逆に日本文化は中国文化の亜流だと自虐的に言う日本人もいるが、それにもキーンさんは異をとなえているが…)

 そこらへんはキーンさんも「日本人の美意識」の中で少し触れている。さらに日本文化の特殊性ということについてキーンさんはそれを認めつつも、日本人が世界と分かり合える道筋を「特殊性の中にある普遍性」という言葉を示してぼくらに勇気を与えてくれているので、少し長いけれど引用をしておきたい。それはぼくにとって生涯の珠玉の言葉となっている。

 「…日本の全てが西洋を逆さまにしていると書きたがる旅行者は現在でもいるし、一方で日本の特殊性を喜ぶ日本人も少なくない。
 
 が、私の生涯の仕事は、まさにそれとは反対の方向にある。日本文学の特殊性---俳句のような短詩形や幽玄、「もののあはれ」等の特徴を十分に意識しているつもりだが、その中に何かの普遍性を感じなかったら、欧米人の心に訴えることができないと思っているので、いつも「特殊性の中にある普遍性」を探求している。

 日本文学の特殊性は決して否定できない。他国の文学と変わらなかったら、翻訳する価値がないだろう。日本料理についても同じ事が言える。中華料理や洋食と違うからこそ、海外において日本料理がはやっている。が、いくら珍しくても、万人の口に合うようなおいしさがなければ、長くは流行しない。納豆、このわた、鮒鮨などは日本料理の粋かも知れないが、日本料理はおいしいと言う時、もっと普遍性のある食べ物を指している。…」
 (「日本人の質問」)

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Boss365

こんにちは。
「特殊性の中にある普遍性」難しいですね。少し違いますが、小生海外に住んで日本の比較論的な「特殊性」を実感。結果、日本の「普遍性」を知らなかった事。より知りたくなった事を思い出しました!?(=^・ェ・^=)
PS.「ぼくも猫耳・・・」猫バカ認定です(笑)
by Boss365 (2020-02-22 22:53) 

ゆきち

留学生のみなさんへの質問、大いに心当たりがあります^^;
主義、信条、趣味などは夫々でも、食べないヒトはいませんから、会話の糸口として無難だという意識もあったかもしれません。
確かに納豆、このわたでは、日本人でも食べない人は多く、美味しい日本料理と言えば寿司、てんぷら、ラーメンあたりが普遍的な美味しさになるのでしょうね。
by ゆきち (2020-02-23 00:03) 

coco030705

こんばんは。
また興味深く面白いエッセイを読ませていただき、ありがとうございました。
ドナルド・キーンさんという外国人の目からみたからこそ、気付けることがたくさんあったのだと思います。
私も、日本人は特殊で優れているという潜在意識があることを否めません。でも、世界の中で通用するにはそういう気概といいますか、そういうものが大事なのではないのでしょうか。
ドナルド・キーンさんのご本は1冊づつ読もうと思います。(まとめて買ってツンドクにしないために)
by coco030705 (2020-02-23 00:46) 

ナツパパ

キーンさんの言葉は重いですね。
そして、考えさせられました、今でも考えてます。
携帯電話のメモパッドに転載させていただきました。
by ナツパパ (2020-02-23 09:40) 

Inatimy

色々聞かれたりするけれど、日本人は欧州でも普段の家の食事で寿司、天ぷら、すき焼きを食べてると、多くの人が思っているようで、目をキラキラさせて私もそれらが大好きなのと言われると、我が家は現地の人たちとさほど変わらないものを食べてますと、なんだか夢を壊すような感じがして言えなかったりします・・・^^;。
by Inatimy (2020-02-24 17:17) 

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