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Déjà-vu No.13 島情け [Déjà-vu]

Déjà-vu No.13  島情け


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 「今度は、夏においでよ、海の色が違うからさ~」
 「そうだね、一度夏に来てみようかな」

 と、宿の女将と毎回同じような会話がなされるのだけれど、いまだに島には夏行ったことがない。大抵は冬か春先。春先なら本土で花粉がとび始まる頃までか。板を小脇に抱えた若者でごった返す夏の海岸は苦手だし、そんなところにいても身の置きどころがない。

 ぼくが島ですることと言えば、散歩と読書とそれに昼寝と島の話を肴に飲む酒くらいか。朝昼夕と散歩して、その間は昼寝して昼飯は島で一軒しかやっていない食堂でタコライスなぞを食べる。ぼくのような、たまに来る余所者からすれば天国みたいなところだけれど、島には地獄のような時代もあった。

 宿の後ろの家のおばさんは隣の島の出身で集団自決の生き残りでもある。隣の島にはぼくも大好きな長く美しい海岸線をもつビーチがあるのだけれど、そこには昔集落があったのだが、海流の関係か子供の溺れる事故が多発して結局集落は他に移っていったという。美しいけれど、恐ろしいものが島にはたくさんあるのだ。

 もちろん、都会では見られないようないいこともたくさんある。今でも春になると島で見たある光景をよく思い出す。その年は春先に島に滞在していたんだと思う。いつものように散歩をして帰り道に一休みしようと港にも寄ってみた。港には町内連絡船が停泊していたので、ぼくはベンチに腰掛けて乗客の乗り降りや荷物の積み下ろしなどをぼんやりと見つめていた。

 その時、突然頭上から歌声が聞こえてきた。その歌声は後ろの待合所の二階のバルコニーから聞こえてくる。振り向くとそこには三人の少女が立っていて、ちょっと恥ずかしそうにでも背筋を伸ばして歌っている。そうか春の異動の時期なのできっと先生が転勤で島を後にするということなのかもしれない。彼女たちは歌で先生を送り出しているのだろう。

 島の住民は全部で250人位で、島には小中学校が一緒になった学校がある。そこの先生かもしれないし、もしかしたら近年橋で繋がった隣の小さな島の学校の先生かもしれない。隣の島の住民は80人くらいだけれどやはり小中学校がある。歌は町内連絡船が出港するまで続いていた。

 東京の下町の喧騒の中で育ったぼくにとっては、なんか目の前で今起きている光景は別の世界での出来事のように映っていた。しかし、それも彼らにとっては日常の光景には違いないのだろう。世界のいたるところで、それぞれの日常が動いているという、ごくごく当たり前のことが深くぼくの心に浸み込んだ瞬間だった。

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コメント 4

JUNKO

桃源郷のようなところですね。何時までも平和な暮らしが続くことを願います。
by JUNKO (2019-05-11 19:54) 

ZZA700

春の海の色も良いですね^^
by ZZA700 (2019-05-12 09:17) 

Boss365

こんにちは。
世の中には色々な日常があります。
ゆっくりした時間の中では、色々思う事ありますね!?(=^・ェ・^=)
by Boss365 (2019-05-12 12:08) 

kuwachan

海の色が素晴らしいですね。
by kuwachan (2019-05-14 10:54) 

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