SSブログ

青い花 [gillman*s park]

青い花

Dsc01760.jpg

 東京も梅雨入りしたみたいだ。雨に勢いづいたように公園のアジサイの花も咲きそろった。アジサイの葉は特徴的だから花の咲いていない時でもアジサイの木だということがすぐ分かるけれども、それでも花の時期になると、「あれ、こんな処にあったっけ?」という意外な場所に花を見つけることがある。

 アジサイの花はガクアジサイから大きなブーケのように華やかな園芸種まで花の形を愛でる楽しみと、咲き出してからの花の色の変化の楽しみと両方が楽しめるのも好い。公園にも色々な種類のアジサイが咲いている。白やピンク、紫そして青。もちろん単純にそうした色だけではなくてその中間や二つの色がグラデーションになっているのもある。

 その花の色によって随分と印象が変わってくる。清楚な感じの白いアジサイ、華やかなピンク、鮮やかで高貴な感じの紫、そして青い花はどこか妖しい感じがする。公園の一画に見事な青い色のアジサイが咲いていた。最初は白っぽい花にブルーの縁取りがあった小さい花の塊が、大きくなるにつれて見事な青色の花に変わっていった。その花を見ていて若い頃に読んだノヴァーリスの小説「青い花」を想い出した。

 もう随分昔のことなので殆ど忘れかけていたけれど何故か小説のタイトルの「青い花」という言葉は強烈にぼくの印象に残っていた。その時も「青い花」より「青き花」とか「蒼き花」の方が好いんじゃないかな、などと想ったことも想い出した。もっとも「青い花」という題は日本語版でのタイトルであって原題は主人公の名前からとった「Heinrich von Ofterdingen(ハインリッヒ・フォン・オフターディンゲン)」という長いものだった。日本語訳の「青い花」というのは主人公が夢の中で見る妖しい青い花からとられていると記憶している。

 ぼくはよく青空文庫からiPadにダウンロードして小説を読んでいるけれど、ドイツにも青空文庫のようなProjekt Gutenberg.De というサイトがあって数多くの名作が無料でiPadにダウンロードできるようになっている。ぼくは最近は大学の頃ゼミで勉強したことになっているけれど実は殆ど真剣に読んではいなかったカフカの作品をよく読む。ノヴァーリスの「青い花」もそのサイトにあったけれど、なぜかそれは英語訳のバージョンだった。

 英語でも勉強になるからいいかなぁと思ったけれど、そのタイトルを見ていっぺんに読む意欲が失せてしまった。日本ではその小説のタイトルが「青い花」になっていたけれど英語版のタイトルは「Henry of Ofterdingen: A Romance」だった。日本語版の「青い花」に比べれば人名をそのまま活かしてタイトルにしている所は買えるけれどHeinrich(ハインリッヒ)がHenry(ヘンリー)ではあまりではないか。頭に浮かんでくる主人公の顔が違ってしまう。それに続くサブタイトルが「A Romance」ではちょっとなぁ、ハーレクイン・ロマンスみたいで…

 もっとも日本語の題の「青い花」もかなりぶっ飛んでいるけれど、そう悪くは無いと思う。ノヴァーリスのこの小説はドイツロマン主義の名作のひとつだけれど、ドイツロマン主義を表す時の色をイメージするとやはり「青」にならざるを得ない。赤や白や黄色では全くと言っていいほどそぐわないと思う。青い色の花はこの小説のようにどこか現実離れした夢の中の出来事のような妖しい雰囲気を含んでいる。

 梶井基次郎は「筧の話」の中で青い花についてこう言っている。「…私はそれによく似た感情を、露草の青い花を眼にするとき経験することがある。草叢の緑とまぎれやすいその青は不思議な惑わしを持っている。私はそれを、露草の花が青空や海と共通の色を持っているところから起る一種の錯覚だと快く信じているのであるが、見えない水音の醸し出す魅惑はそれにどこか似通っている…

 青い花は空や海や湖などを想い起させる。ましてや朝露や小雨に濡れた青いアジサイの花からは水の音さえ聴こえてくるようだ。そう言えばアジサイの学名はhydrangea(ヒドランジア)で、これはラテン語で「水の器(うつわ)」と言う意味だ。青いアジサイにじっと耳を傾ければ水音が聴こえてくるかもしれない。


m_gillman_park-d2ff8.gif


 *主人公の名前がその小説のタイトルになっている作品はドイツ文学でも多いですね。特にヘルマン・ヘッセの作品には多いようです。その内の何作かは原題は人名でも日本語版では別のタイトルがついているものがありますね。例えば、「郷愁」(Peter Camenzind)、「春の嵐」(Gertrud)、「漂泊の魂」(Knlup)などがそうですね。

 **西欧の名前(ファーストネーム)は日本のように漢字の意味や造語でつけられているものより、聖人や歴史上の偉人などにちなんだものが多いせいか、文化圏をまたいで共通の名前が存在します。しかし、発音やスペルは微妙に異なるためぼくらが聴くと全く異なる印象をもつことが多いですね。

 このHeinrichもハインリッヒといえばぼくらはハイネを想起しますし、Henry(ヘンリー)といえばフォードとか、Henri(アンリ)と読めばルソーというように当該の国の著名人が浮かんできますが、それは基本的にはぼくらは現地読みを片仮名表記したもので覚えるように教育されてきたからで、対応した名前が自国にもある西欧ではきっとアメリカではアンリ・ルソーはヘンリー・ルソーと言われているのだと思います。だからハインリッヒ・フォン・オフターディンゲンがヘンリー・オブ・オフターディンゲンになっても少しもおかしくは無いのですが…


 ***ネットで見たら、このノヴァーリスの「青い花」に出てくる花は青いチコリの花らしいのですが、その花はぼくには全く馴染みのない花だったのでぼくはずっと勝手に青い矢車草をイメージしていました。矢車草はドイツの国花でもありますが、その素朴な楚々とした佇まいがぼくは好きです。

 えーと、矢車草について一部加筆です。ちょっとややこしいのですが、通称ヤグルマソウには二種類あります。たぶんぼくらがヤグルマソウという時頭に思い浮かべる青い花は和名がヤグルマソウで後述するユキノシタ科のヤグルマソウと混同しないようにヤグルマギクという名前で呼ばれることもあるようです。前者のヤグルマソウ(ヤグルマギク)はドイツではKornblumeという名前でその鮮やかな青色が愛されており、一説にはチコリでなくこれがノヴァーリスの青い花だという人もいるようです。

 もう一方のユキノシタ科のヤグルマソウは、白い花ですね。青い花の方のヤグルマソウはキク科なので全く違う花なのですが、ちょっとややこしいです。ぼくは矢車草というと青い花のヤグルマギクを思い浮かべますが、人によっては白い花の方を思い浮かべるかもしれないので念のためです。


nice!(47)  コメント(7) 
共通テーマ:アート

nice! 47

コメント 7

mimimomo

こんにちは^^
青い花、日本では結構たくさんありますね。
でも何故だか、この題名のお花はわたくしの脳裏にヒマラヤの方にある
青いケシ、お思い出させました。
チコリの青は空色のような薄い青でちょっとイメージが違ってしまいました(--;
by mimimomo (2012-06-14 17:45) 

Silvermac

翻訳本のタイトルの付け方には色々あるような気がします。直訳に近い場合、内容から興味をそそる題名にする場合など。
by Silvermac (2012-06-14 18:18) 

fumiko

近所に、香りはジャスミンのよう甘やかで、1つの木に青紫色と白色の2色の花を咲かす植物があり、ずっと気になっていました。
先日、そこのお家の方に花の名前を聞いてみました。
「ニオイバンマツリ」という名前だそうで、最初は青紫、そのあと白に変わり、朽ち果てるとのこと。色が変わる点はアジサイと同じです。
ニオイバンマツリの深青色、この手の色に惹かれる傾向ありの私です(笑)
by fumiko (2012-06-14 21:47) 

engrid

青い花、私は、ツユクサの花を、思い浮かべます

by engrid (2012-06-15 15:31) 

rantan-nya

友達がちょうど6月に拾った子猫に紫陽花から取った・・と
Hyde(ハイド)という名前を付けてます
紫陽花は、やはり私の中では青です
by rantan-nya (2012-06-15 22:15) 

めぎ

私、ノヴァーリスの青い花はヒヤシンスだと思ってましたわ。
by めぎ (2012-06-17 07:13) 

aya

矢車草はドイツの国花ですか、知らなかったです。
ドイツロマン主義を表す色が青、
何だか知らなくてもすーっと入ってきますね♪
by aya (2012-06-17 23:11) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント