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にほんごパトロール はしたない [にほんご]

にほんごパトロール はしたない

        arranged by gillman

 最近「もったいない」という日本語が国際的にも市民権を得つつあるようだ。アフリカの植林運動でノーベル平和賞を受賞したマータイ女史が「もったいない」という日本語を世界に紹介して以来注目されるようになった。肝心の足元の日本では「もったいない」が死語になりつつあったので、マータイ女史の指摘は日本にとってもありがたいことだと思う。個人的には「もったいない」と同じように死語になりつつある日本語でもうひとつ「はしたない」と言う言葉にもスポット・ライトがあたって欲しいと思っている。

 「はしたない」と言う言葉は、広い意味範囲を持っている。古くは枕草子に「はしたなきもの」(第百二十七段)という一文がある。例えば、

はしたなきもの こと人を呼ぶに、われぞとてさし出でたる
 
(他の人を呼んだのに、自分かと思ってでしゃばった時のきまり悪さ)
のように、「きまりか悪い」と言う意味でも使われるし、

■「
なんですか、いい大人がそんなことして、はしたない
のように、礼儀に外れて「品がない」、「卑しい」、「情けない」等の意味もある。

 広辞苑によると「はしたない」は①中途半端である、②無作法でぶしつけである、慎みがない、③きまりがわるい、みっともない④相手がきまりわるくなるほど素っ気無い、⑤迷惑である、⑥はげしい、きびしい、と言う意味を持っているらしいが、近代では②や③の意味で使われることが多いと思う。

 言葉がすたれた背景には、その感覚自体が薄れたからということがあると思う。つまり、「慎み」とか「きまり悪さ」とかの感情自体が薄れているという事実があって、結果としてその感情を表す言葉もすたれてきたということだと思う。共通の社会規範や道理といったものの力が弱くなってしまっていることが「はしたない」ものが横行したり、「はしたない」という感情自体をおこさせない遠因になっているのではないか。

 社会規範というと難しく聞こえるが、昔の人の頭の中では何かをするときは必ず「お天道様」とか「世間様」とか、いわば自分以外の存在を意識していたと思う。もちろんそれが強すぎると息苦しい社会になるが、それなしではいわゆる箍(タガ)の外れた社会になってしまう。ビジネスの社会においても古くは社訓や家訓などのベーシックな規範めいたものがあったに違いないのだが、高度成長時代を経て内向きの論理や効率が優先されるようになってゆき、いろいろなところで不祥事を生じさせている。

 よく、現在の日本にはチェック作用が機能していないといわれるが、昔はそれらの規範が自己規制という形である程度事前に軌道修正することを可能にしていたのかもしれない。今回の東証の誤発注に乗じた証券会社のドサクサの設けも、法的には問題がないとしても昔だったら「お天道様」が許さない行為だっただろう。もっとも今回のドサクサ儲けのメインであるUBS証券のように青い目のビジネスマンには「お天道様」は通じないかもしれないが…。西欧の文化では規範やルールは明文化されたり文書化されるのが前提だから、それに無いことは是とされるのが常だ。

ビジネスの社会では、これからは日本においても「はしたない」行為についても順次ルール化し明文化してゆく努力が必要かもしれない。もちろん西欧にも社会規範はあるが全てが共通ではないので明確化してゆくことが必要となろう。ただし、今回の問題については「世間様」の目は生きているので、それが「はしたない」まねを許さないかもしれない。

 一方、個人の日常の世界では規範はビジネスの世界ほど明確ではないから、「はしたなさ」はたぶんに個人の感性に委ねられることが多いし、それだけに時代によって変わってゆくことにもなる。昔は「はしたない」とされた女性のジュースなどのラッパ飲みもさして抵抗無く受け入れられているかもしれない。(一説によると、これは昔コカコーラが若者のラッパ飲みのCMを大量に流したから、という説もあるが)

 先日、電車に乗ったら、前の席の女性がバッグから化粧道具を取り出して化粧を始めた。ファンデーションで顔を真っ白にして、それからマユを描いている。大きな手鏡をだして一心不乱に作業をしている。まるで自分の周りには誰もいないようだ。そのうちアイラインを入れて、マスカラーをつけ、口紅を引く。彼女のバッグからは手品のように色々な道具が出てくる。とうとう彼女は大きなはさみの様な器具を取り出し目蓋にあてて挟んだ。どうやらそれは睫毛を上に向ける道具らしい。

たっぷり二十分位はかかったと思う。やがて下車する駅に来たらしくて彼女は新しい顔で颯爽と降りていった。おかげで一句浮かんでしまった。
すっぴんで乗って 別人で降りてゆく
これも「はしたない」ことではなく、ごく普通の景色となってゆくのだろうか。


*商売上での「はしたない」行為に対しては、関西方言を元とする「えげつない」という言葉が現代ではぴったりくる表現かもしれません。

*この間、友人と話しているとき、最近マスコミで喧伝されているセレブ婚とやら、つまり女性芸能人がIT企業の社長青年実業家と称する男性と結婚してはしゃいでいるのも「はしたない」ね、という話題が出ました。でもこれは「はしたない」というより「さもしい」という日本語の表現の方が適切だと思いますが…。


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nobby

こんばんは、gillmanさん。あるBLOGの続きを呼んでいるようです。ものすごく盛り上がっていましたが、なんかすごく疲れました。あまり、収穫もなかったですし・・・。(苦笑)少し前までだと、おばさんが公衆の面前で叱ったのではないですか?その”はしたない”女性を。
もう70歳を過ぎて穏やかになりましたが、かつて、僕の母がそうしていた事を覚えています。今は、逆ギレされて、最悪は刃傷沙汰なんてことも起きるクレージーな日本ですが、我々大人が嗜める勇気を持ちたいですね。防弾チョッキの用意と合気道でも習得するとしますか?
by nobby (2005-12-14 23:23) 

すっぴんで乗って 別人で降りてゆく
べっぴんとしないところが、gillman さんの正直なところですね。
by (2005-12-15 04:59) 

本当にそうですね。
テレビをみていても、なんだか悲しくなるような言葉遣いや内容が多く、いつのまにこんなに酷くなったのかなぁと...
地面に座り込んでものを食べたり、公共の場所で大声で携帯で話したり、人前で平気でお化粧なおしたり、はしたないですよね。
by (2005-12-15 11:46) 

日本語パトロール、おつかれさまです。
大変興味深く読ませていただきました。
電車での化粧はほんとうにみっともないです。同性として恥ずかしいです。
読んでいて「慎み深い」も死語になりつつあるかなと思いました。
困ったものです。
by (2005-12-15 19:38) 

lingnam

慎みとかはしたないとか、概念はもとすらその言葉すら知らない人間ばかりが
増えていくのでしょうね。。。
by lingnam (2005-12-15 23:47) 

ecco

はしたなきもの。。
電車の中の化粧。
でもね。
なんとなく気持ちわかるんですよ。
時間ないですからね(笑)朝は特に(笑)
by ecco (2005-12-16 22:46) 

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